赤い岬 北原 千代 きのうよりすずしい肌を指でなぞる 不揃いの襟足はアイルランドの波頭のよう わたしたちのちいさな庭の向こう いちめんの罌粟畑が見える 沈んでゆく陽のほうへと 傾いた罌粟畑の曲面にさざなみが立っている ひよひよサーカス芸人めいた足取りで 罌粟畑の曲面をまいにち散歩する老人は 早朝に家を出たきり戻らなかった 行方知れずの五巡目の夏 村びとの手入れする罌粟畑はまだらな 赤銅いろにひしがれ あの曲面の傾斜が狂わせたというひとも 海を渡っていったというひともいた 髪が伸びたね 切ってあげよう 寄宿学校で罰をうける生徒のように 木の椅子に招かれる ゾーリンゲンのつめたい銀いろが 襟足に触れる 庭に夕陽がたまっている 赤い川が流れているわ 血管を断つこともできるがあなたはそうせず わたしたちの庭の向こう 罌粟畑の歪んだ曲面を愛でながら 銀のふるえを首もとに添わせた わたしたちは見ていた 熟れるように赤く煙る岬の先端から 別のだれかが海を渡っていくのを
赤い岬 北原 千代
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