見ず知らずの祈りがあふれてくる瓦(KAWARA) 田中勲


見ず知らずの祈りがあふれてくる瓦(KAWARA) 田中勲

ぼくが淡雪だった頃 
この世は無人の大地であったはずだ 
人類誕生の数億年前のことだから 
確かめることは記憶でなく想像力しかない 
当たり前だから、鬼瓦のように胡散臭いのだ 
 
冬の初めに舞い散る花びらのような淡雪を 
掌に受け止めると、 
幽かに小さな傷みが走る 
淡雪の小さな歯牙と言えばおおげさだが 
無機質なものにも自らを防御する 
その反射的な攻撃力こそ信じてみたいから 
掌のうえですぐに溶けてしまう 
ひとひらの淡雪の哀しみがつたわってくるのだ 
 
毎年、初冬になると 
ぼくらは約束どうり舞い降りるから 
花びらのように、 
暖かな掌に迎えてもらえるとはかぎらない 
ごっつい掌の上でぐっと握りつぶされたことも 
いきなりはたき落とされることもあれば 
小さな舌でぺろりとなめられたり 
待ち受けている 
一瞬の死が、 
翌年へと連続することを確認するごとく 
無機質であることの命なき悦びを覚えていた気がする 
 
途方もなく永い歳月の内に 
純白の淡雪から数億年の変節を何度もくりかえし 
人間として生まれ変わって、はたまた 
きみは瓦屋根の上から 
何処へ飛び降りようとしているのか

作者紹介

  • 田中勲

一九六一年(中大商学部退学)詩誌「えきまえ」を終刊し、新しく「天蚕糸」編集・発行。

詩集「夏!墜ちる」「ひかりの群盗」(萩野賞)「架空のオペラ」「ひとつの生の郊外で」「砂をめぐる声の肖像」「最も大切な無意味」(第十回北陸現代詩人賞)外。

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「作品2012年7月13日号」の記事

  

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