もういいよ    樋口智子

  • 投稿日:2012年08月10日
  • カテゴリー:短歌

もういいよ    樋口智子

雨くさいからだを緑の椅子に置くわたしはとうに忘れ去られて

おかあさん電池 「お」からだんだん薄くなり「さん」が明滅 布団に入る

そこのひと膨らませてはくれないか顔の部分に力がないよ

洞穴のような目をしておのこごは泣くのをやめて母を見ていた

街路樹の影の縞目に濡れながら色深みゆく黒髪の黒

声変わりしてゆく空を見届けてやすらうベンチもベンチの影も

トラックの荷台に揺れる硝子あり空いちまいを映しつづけて

乱視軸わずかずれても見えざれば薄目して見る国のさきゆき

テーブルに見えぬあやとり探りつつ砂糖の壺の蓋がずれている

「もういいよ」声のみがしてこの夏の螺旋階段駆け上がりゆく

作者紹介

  • 樋口智子(ひぐちさとこ)

1976年、北海道生まれ。「りとむ」所属。第17回歌壇賞。第一歌集『つきさっぷ』にて第15回日本歌人クラブ新人賞、第24回北海道新聞短歌賞佳作。札幌市在住。

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