死の島    橘 夏生

  • 投稿日:2021年08月21日
  • カテゴリー:短歌

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死の島    橘 夏生

鷗外訳『即興詩人』を読む窓辺 伊太利のひかりあふるる窓辺
廻廊のフレスコ画さへ哭いてゐるフィレンツェ捨て子養育院の庭
いまだ宿命を知らぬ馬上のジュリアーノ切られし花の、あの純潔
貴種断絶 さもあればあれ晴れやかにわかき死選ぶはつなつの騎士
金髪ブロンドに桜蘂ふるはじめてのドレスの裾ふむシンデレラわれ
さらさらとガラス片ふる王宮に幽閉されしあはれ天使セラフィタ
わがひとはユダのこひびとはろばろと虹はくところを見てしまつた
さらば維納さらば王国けざやかにわが手にはこなごなの紙細工
バヴァリアの王こそゆかしけれ白妙のヴェールを髪に戴きしとき
夜ごとの芝居ショウも日々荒廃しゆく伯林ー<蘇る人造美女>
朱夏すぎてよぎる心の氷塊にありありと顕つマックス・エルンスト
コクトーは阿片すひたり太陽と月に背いてをのこを愛す
シャネルのサロンにふらりとあらはれし その名はLuchino美青年なり
夢を歌ひ夢は流るる巴里 髪しろき夜長妻はいかに語らむ
夏館なつやかたには日傘さしつまが亡くなつても〈未亡人まだなくならぬひと〉が棲む
黄金きんの鳥籠のカナリヤ奏でる夜想曲ノクターンシェヘラザードはけふも聴きをり
晩夏訪おとなへりふいにとぎれとぎれの『椿姫ラ・トラヴィアータ』ひびくわが壮年
睫毛さびしきひとら行き交ふヴェネツィアの七つの橋の七つのためいき
「悲しい色やね」運河をみつつおもひたり ベニスはもうだれも愛さない
ペスト、否コロナ禍のなかこくこくと沈みゆベニス 水の都 死の島

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