給油所をひとつ置きたる枯野かな 山田露結「夢助」
冬枯れの原野を詠んだ絵画的な句なのである。
「ひとつ置きたる」のところに、なにかの発見がある。
前後三文字ずつを、ひらがなで飾られた「置」の文字が美しい。
「給油所」と「枯野」の乾いたK音が響き合う。
給油所をこの枯野にぽつんと置いたのは、神か、人か。
もちろん開設したのは、どこかのガソリン会社のおこないである。
しかしこの給油所を画角に「切り取った」のは、
作者たる俳人のおこないにほかならない。
このように、叙景の中に、人事が、色濃く隠されてあるのである。
表現の中で衒いなく自己言及を行うのはなかなか難しいが、
本作においては、そこに洒脱で気風のよいすがすがしさが感じられる。
それは「置きたる」の部分に、自己実現のためというより、
利他的な精神行為としての創作を行っている、
という確固たる自信がにじみ出しているからかもしれない。
夢、
枯野。
「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」
との、芭蕉の病中吟が思い出される。
荒れた枯野をかけめぐる、いまだ叶わぬ芭蕉の「夢」。
その物狂おしさを鎮めるため、
オアシスのように、句の風景のなかに、一軒の「給油所」が置かれる。
作者はきっと、心やさしい若者なのだ。
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