戦後俳句を読む(27 – 1)近木圭之介の句【テーマ:星または空】/藤田踏青

近木圭之介の句【テーマ:星または空】/藤田踏青
行為としての詩。空の蒼は遠い

平成18年の作品で、この年圭之介は94歳であった。「戦後詩における行為」(注①)の中で寺山修司は「いかにして風景になるか」ではなくて、「いかにして風景から脱却するか」と述べ、主体的な詩の創造、直接の詩を書くべきと主張している。それは俳句等に関しての論の中でも、「<自己形成の記録>のような俳句やそれに続く短歌などは、<何もかも、捨ててしまいたい>、<書く>行為・<読む>行為によってそれらを全て葬り去ってしまいたい。」と述べている事にも関連して来るものである。

因みに掲句は詩を対象にしているように一見思われるが、俳句というものを詩として捉える立場からみれば、その行為は<書く>という表現行為と共に<読む>という俳句特有の付随する行為をも包含していると考えても良いのではないか。そして「空」はその対象としての詩の領域の無限さを、「蒼」はその奥深さを示しているものであろう。94歳にしてのその詩心への絶えざる希求の姿勢がここに見られる。圭之介もこの様に旧来の俳句の背景をぬぐい去ろうとしていたのである。

貝殻のなか空曇る               昭和29年  注②
空が曇るのは無花果の木から乳が流れ出るから  昭和52年   々
戦敗れた空 黄ばんだ魔ものふっと消えた    昭和60年   々

ここにある「空」は空間や時間やその意味から飛躍して、遠い処に置かれている。つまりイメージは一旦拡散してから別次元で焦点化している。私性の普遍化とはこのような経路をたどって為されてゆくのではないであろうか。

肉が骨が無防備 冬銀河            平成7年

阪神淡路大震災時の作品である。「肉が骨が無防備」の丸裸の措辞によって人間存在の脆弱さ、稀薄さが強く意識されてくる。またそこから精神が消し去られていることによって冬銀河への人間の相対化が無効にされているかの如くにも思われてくる。昨年の東日本大震災に於いても被災者は同様な意識下に置かれているのであろう。

戦前の句であるが、山頭火との交流の中にテーマに添った下記のような句もある。

明けの星を笠を背にして行かれる       昭和9年    注②
(昭和九年二月二十七日、山頭火ひょう然と来り一泊して去る)

遠い海のような青い空を 癒えている     昭和10年   注②
(昭和十年八月二十五日、南信飯田にて病み帰庵の山頭火を其中庵に見舞う)

秋のなか笠ふかく行くをみれば白い雲を    昭和10年   注②
(昭和十年十月半ば、つくし路に山頭火をおくる)

哀しいことがある 星がある 月が出る    昭和15年   注②
(昭和十五年十月十一日未明、松山の一草庵にて山頭火急逝す)

青い空、白い雲、星や月、全てが山頭火の思い出にと連なっていたのであろう。

注① 「戦後詩」 寺山修司 ちくま文庫 平成5年刊

注② 「ケイノスケ句抄」 近木圭之介 層雲社 昭和61年刊

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