成りゆきの葉 野村喜和夫
1
蠅
という漢字の正しい書き順を
ネットで検索したら
線分は下降し上昇し
右往し左往し
いったい誰が決めてるんだ
こんな書き順
まるで蠅の狂ったような飛跡そのものではないか
何度見ても複雑で覚えられない
こんな字書けなくていいや
はえ
ハエ
で十分
2
早朝はドローイング
と友人の画家はいう
アトリエに出かけて壁に大きく
線を描いていると
線がそのまま身体の動きの痕跡のようで
それを目で確かめているうちに
自分が取り戻され
元気が出る
と友人の画家はいう
3
線のつぎは面だ
たまさか夕刊をひらくと
「雨音はまず落葉より起こりけり」
という俳句がみえ
その隣に樋口一葉
が売文をきらい雑貨屋をひらいたという話
かくて飽くことがない
言の葉の連なりの
ゆかしさよ
4
おいでよヴィーナス
臍にピアス
したきみを
ひらがなにしてあげよう
そうして乱れ髪や
花のいのちは短くて
を抜け
あかねさす
紫野まで連れて行ってあげよう
おいでよ
おいでよヴィーナス
5
でも日本ではあまりいいこともなかったしね
ジャワに移住して車夫になり
合歓の木の下で
とろけるような午睡をするんだ
とべつの私は語った
6
そう
椰子の茂みに蔽われた御堂であなたは
いかにもねっとりとした午睡を楽しんでおられました
寝釈迦仏とか命名されて
7
名はさらに
あおむし
ししむら
らふ
ふらち
終わらない
終わりたくない
という思いが
泣き腫らしているような
夕映え
8
夜になっても
全力で少年であれ
スカートのなかの劇場へ眼を忍び込ませたり
膝がしらに暴動の未来を匂わせたり
丘の廃屋で光年の雫を飲んだり
全力で少年であれ
不穏であれ