右手には夜空が似合う    柴田 瞳

  • 投稿日:2021年02月06日
  • カテゴリー:短歌

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右手には夜空が似合う    柴田 瞳

気の早い氷雨ひさめをはじく端末に「既読」の文字は二ミリもなくて
静けさの中に言葉を投げだせば泣きだしそうな朝の連続
犬を呼び犬は呼ばれて冬の日を光らせるのは恋じゃなかった
青時雨 どうやったってこの声は記憶のひだに紛れてしまう
カジュアルに呼びつけられて微笑んだ砂漠でチョコをかじるみたいに
明け方の臓器はひどく冷えていてあなたの国で雨季が始まる
もそもそと毛布にもぐる実験のように抱かれた記憶を消して
参道が長すぎるねと調律の狂ったピアノみたいに笑う
軽率に誓われている永遠の保存ボタンをまた押し忘れ
二眼レフカメラを抱いて砂のうえどう走ってもきみのモチーフ
味噌汁のこぼれた跡をたどりゆくこの感情の持ち主はだれ
有線のポップソングよ寛容なひとがわたしにだけ不寛容
左手にとらえた風を見せながらあなたのほうが泣きそうだった
線路沿いゆけば乾いた指先よ教えて夏の死電区間デッド・セクション
マネキンの手首が青い燐光をはねかえすたび神話を想う
印画紙を滑り落ちてく酢酸が涙に見える暗室は海
この闇をきっと忘れて笑うでしょうソリドゥス金貨賭けてもいいよ
かりそめのを抜け出せばやさしさで満たした肺がもう乾いてる
右手には夜空が似合うしみじみと絶望を知るひとの強さよ
守るべき命があって酔わずには伝えられない心をしまう

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