愛について 徳高博子
そのまろきましろきもろき殻ゆゑに愛されもする卵といふは
沈丁花しるくにほへる雨後の道 木蔭から不図わが名呼ばれき
朝川にあぎとふ真鯉 ねもころに話してみれば分かりあへるか
応へなどあるはずもなき深淵ゆエコーまたエコーわが立ち尽くす
踝まで流れ来れる夕霧の冷えおのづから芯に及びぬ
紫紺地に白き椿の塩瀬締め別るるために人と逢ひにき
零れくる桜はなびら享けむとし双手はかなく空を泳がす
ラファエロの聖母子像をつつみたる香気のごときを愛と想へり
正教の十字架の謂知りしよりわが黄泉の国いよよ昏しも
シャボン玉の行方は追はずひたすらに飛ばしつづけるクピドの瞳
伝説となりにし人ら集ひたる《聖会話》のごとき星空の絵図
愛と哀その実ひとつとおぼゆれど逢ひを重ねむ薔薇の下にて
わたくしの息の詰まつた風の船 しましただよひまなく沈みつ
鶏卵大の腫瘍摘出されし痕ときに涙のごときが滲む
折れさうで折れしことなき芯あればあしたにたうぶ みづ 麪包 リンゴ
作者紹介
- 徳高博子(とくたか ひろこ)
1951年 東京生れ
2000年 短歌研究新人賞候補
2001年 第一歌集『革命暦』(雁書館)上梓
2012年 第二歌集『ローリエの樹下に』(砂子屋書房)上梓
「玲瓏」「未来」「白の会」所属
HP:徳高博子《歌の翼》