戦後俳句を読む (3 – 1) ―「私の戦後感銘句3句(3)」― 上田五千石の句 / しなだしん

「星」の句からみる五千石の真実(3)

 第1回で、昭和29年、五千石は神経症を患っていたことは書いた。
この件についてある人物によって書かれた文章がある。それは、句集『田園』の復刻版に付録の「交響集」の、鷹羽狩行による「伝承の使者―上田五千石論」(*1)という評論の一部である。

(前略)大学二年のときの強烈な精神衰弱であろう。
第一に下宿先の大井町で羽田から低空でくるジェット機音に屋根ごと揺すぶられ、空襲の恐怖を感じて夜中に幾度か寝床をとび出したという。第二は何でも人並以上に出来る彼は、何でもできることは実は何にもできないのではないかという不安を抱き、何をやればいいのかという方向失調の強迫観念が次第に募る。第三は女性に対する欲求不満、これは死ぬほど苦しく、また実際に死のうと思ったらしい。

と、なんとも歯に衣着せぬ物言いである。同じ時代に真剣に俳句に取り組んだ先輩で、いわば同士である狩行ならではの物言いなのであろう。

 かくして7月17日、秋元不死男に出逢い、その夜には神経症は吹き飛んでしまった訳だが、吉原市(現富士市)唯称寺の「氷海」吉原支部発足の会では、秋元不死男の講演「俳句表現の生命」を聴き、そして句会に参加する。

 この際、五千石の句は秋元不死男選人位に入選する。

星一つ田の面に落ちて遠囃子   五千石(昭29年作)

 それがこの句である。「遠囃子」は季語としてやや微妙だが、遠く聞こえる祭囃子と思うと「祭」の範疇に入ろううか? または「星」が「落ちて」で、流星を詠んだ句になるだろうか? 時期は盛夏、場所は青田になっているであろう田園の道である。“星がひとつ田に落ちて”は夏の夜のファンタジーであって、遠く聞こえる祭囃子が現実のものと読むのが、やはり自然かもしれない。この句は、句集にも収録されておらず、もちろん自註にも掲載されていない。

 いずれにしてもこの句が五千石の俳句へのめり込んでゆく記念すべき句である。

「ゆびさして」の星の句が句集『田園』の一句めに置かれ、この27年のこの句も「星」の句であることは、とても興味深い。

ちなみに五千石には多くの星の句があるが、昭和18年、五千石10歳のときの「少年新聞」への投稿、入選句〈探照燈二すぢ三すぢ天の川〉もまた星の作品である。


*1 鷹羽狩行「伝承の使者―上田五千石論」は昭和44年2月「俳句」に掲載されたもの。

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