日めくり詩歌 俳句 高山れおな(2011/9/21)

三十一番 〇〇〇すよ(俳句の「型」研究 【3】)

左持

髪ばかり洗ふとばかになりますよ 堀田季何

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典


“俳句の「型」研究”はもっとやりたいのであるが、意外と適当なのが見つからず、久しぶりの登場。これもはたして「型」として確立しているのか微妙ながら、ポテンシャルを買ってということでもある。

左句については、「澤」誌九月号で、田中亜美が鑑賞文を書いている。

〈せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ 野澤節子〉のように、「髪洗ふ」の季語には、単なる洗髪の域を超えて、何か切なる女心が込められているようだ。だからこそ、「ばかになりますよ」という口語調のとぼけた措辞に、ほろ苦いペーソスが感じられるのだろう。しかも、作者はこの〈ばか〉に苦言(?)を呈しつつも、必ずしも嫌いではないらしいところが、掲句のもうひとつの味わいである。ばか、だけど、かわいらしい女性なのですね。御馳走さまです。

田中はずいぶん実体化して読んでいるけれど、この句はむしろ「テレビばっかり見てると馬鹿になるぞ」とか「漫画ばかり読んでると馬鹿になるわよ」といった、親が子供を叱る際の定型的な言い回し(現在は、ゲームばかりしていると……になるのか)によって、「髪洗ふ」という季語をもどいたところに眼目があるのではあるまいか。そして、男性より女性の方が、髪の手入れに時間も金もはるかに多く投入しているという広く認められる事実からすると、「ばか、だけど、かわいらしい」特定の女性がいるというよりむしろ、女性一般を「ばか、だけど、かわいらしい」ものとして揶揄した、一種の標語的な表現ということにならないか。もちろんそんなに深刻な風刺の意図があるわけではなく、季語の使い方にいかにして新味を持たせるかという試みこそが主なのであろう。

右句は、紹介するのも今さらな有名句。昨年亡くなった河野裕子の

たんぽぽのぽぽのあたりをそつと撫で入り日は小さき光をしま

を踏まえる。つまり、「たんぽぽのぽぽのあたり」という表現は全く河野のものなのである。その上で比較すると、短歌の第三句以下は、丁寧な分まどろっこしく説明的で、右句の「火事ですよ」の方が、飛躍もあればパンチもあるのは確かだ。同時代歌人のフレーズを、本歌取りするのみならず句集タイトルにまでしてしまったのは際どいが、作者としてはその点に自負があったのであろう。ちなみに、評者の第二句集には、

麿ですよ。

たんぽぽのたんのあたりが麿ですよ

という句があって、こうなるともう句そのものにはほとんど手柄はない。ではなぜあえてそのような句を載せたかといえば、「麿」というキャラクターを呼び出すための句集内部の仕掛けとしてだった。もっぱら編集上の必要から作られた句なのである。

左右両句を比べると、左句の方が抜けがよろしいようだが、右句にはいま述べたように個人的恩義があるため負けて侍れかしとするわけにはいかない。よって持。

季語 左=髪洗ふ(夏)/右=蒲公英(春)

作者紹介

  • 堀田季何(ほった・きか)
  • 一九七五年生まれ。「澤」・「吟遊」所属。二〇一〇年、第三回芝不器男俳句新人賞斎藤慎爾奨励賞を受賞。掲句は「澤」二〇一一年七月号より。

  • 坪内稔典(つぼうち・としのり)
  • 一九四四年生まれ。一九八五年「船団」を創刊。句集、評論集多数。掲句は、第八句集『ぽぽのあたり』(一九九八年 沖積舎)所収。

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