三十六番 四十代
左
西鶴忌極彩色に街ともる 竹岡一郎
右勝
夜は人にいへぬ街へと荷風の忌 長谷川耿人
このところ、四十代作者の新刊句集を立て続けに読むなりゆきとなっている。すでにこのコーナーで紹介している句集もあるが、ひとまず刊行順にならべてみる。
- 今井豊『草魂』(角川書店)
- 天野小石『花源』(角川書店)
- 興梠隆『背番号』(角川書店)
- 長谷川槙子『槙』(ふらんす堂)
- 青山茂根『Babylon』(ふらんす堂)
- 押野裕『雲の座』(ふらんす堂)
- 林誠司『退屈王』(文學の森)
- 北川あい沙『風鈴』(角川マガジンズ)
- 竹岡一郎『蜂の巣マシンガン』(ふらんす堂)
- 長谷川耿人『波止の鯨』(本阿弥書店)
評者自身四十代なので、この十人に限ればみな年上とはいえ、同年輩の作者の句集刊行がこうもぞろぞろ続くことに多少の感慨なしとしない。二十代、三十代の時にはありえなかった事態であり、つまりそれだけ年を取ったということだろう。この中ではすでに一九八〇年代前半に「獏」誌の編集長を務めていた今井が抜群の古株で、『草魂』も第四句集である。ついで一九九〇年に「河」に入った林誠司が古く、『退屈王』は第二句集。評者の俳句歴はこの人と同じくらいということになるらしい。あとの八冊はすべて第一句集だが、九〇年代半ばまでに俳句をはじめた天野、青山、押野、竹岡に対して、興梠、北川、二人の長谷川の俳句との出会いは二〇〇〇年以降と遅れる。逆にいえば、天野、青山、押野、竹岡はそれだけ句集出版に慎重だったということになるだろう。
こういう次第で、左句を収める竹岡の『蜂の巣マシンガン』が二十代の若書きから四十代後半の近作までをカヴァーするのに対して、右句の長谷川の『波止の鯨』はほぼ四十代の作のみからなるという具合で、句集の印象をだいぶ異なったものにしている。長谷川の方が最初から沈着なのに対して、竹岡の方はやんちゃしていたのがだんだん落ち着いて……などということは意外にも全然ないのですね。竹岡の句集でいちばん暴れていていちばん面白いのは、なぜか昨年・一昨年の作を収めた第Ⅶ章なのだった。そこに、表題作となった、
蜂の巣の俺人生はマシンガン
をはじめ、
雪女まつろはぬゆゑ声持たず
フィリピン人マリア日本に死せり燕
蝙蝠が家の秘め事触れまはる
出勤す鞄に鬼火匿ひて
俺斃れ明けの切株ひこばゆる
犬死のわれ炎天によみがへる
入道雲喚ぶ首(かうべ)が続々生え
ひまはりの哄笑を聴けかつ戦(たたか)へ
あの雲は龍のぬけがら草ひばり
蓑虫は一生ゆれてゐる俺も
といった問題作が集中的に現われている。「七曜詩歌ラビリンス3」で冨田拓也が、〈個人的には年を経るごとに作品が面白くなってきているような印象を受けた。特に句集の最後の平成22年の作品中における「俺シリーズ」の破れかぶれぶりが滅法面白い。〉と述べているのに、基本的に賛成である。それ以前の部分には面白い句もあるが、総じて着地を急ぎ過ぎて、出来栄えに安定を欠く憾みがあった。それがここに至って、破れかぶれが破れかぶりなりにスタイルとして確立した感じがするのだ。
一方、長谷川の方は、句作を始めてすぐの頃から
せつかちな男に生まれ海苔炙る
広告の裏の手習ひ啄木忌
のようにじじむさく纏まった句を作っている。当たり前ですね、すでにしておじさんだったのだから。
易の灯の続きしあとへ社会鍋
秋天や川で物干す消防署
古着屋を漁る少女や一葉忌
のような市井風流もしみじみと良いが、この句集の特徴としては、作者が漁業関係の政府機関に勤めていたり、釣り師だったりということから、表題作の
春怒濤波止の鯨の絵をあらふ
をはじめとして、魚・漁業関係の句が目立つことが挙げられるだろう。
海鞘割けばみちのくの海茫々と
葬送の鉦は浦廻(うらわ)に海桐の実
棺おほふ五尺の魚拓忘れ雪
搾油機の把手てらてら花菜風
太刀魚の以下あら汁となりにけり
さて、左右の掲句はいずれも忌日俳句、それも好色物の小説家のそれで揃えてみた。左句には個人的な思い出があって、当方初学の頃、角川の「俳句」か何かで見て、西鶴忌の句というのはこのように作るのかと感心して、自分でも
うきうきとみな目玉あり西鶴忌
と詠んでみたのである。しかし、調べてみるとこの拙句は一九九二年十月発行の「俳句空間」第二十一号に載っていて、左句は句集の一九九六年の章にあるからこういうことは起こり得ない。加えて、そもそも評者の記憶の中では「極彩色に街ともる」の句は七田谷まりうす作ということになっていたのである。竹岡の句集を読んでいて、おお懐かしいと思ったまではよいが、結果的にあらわになったのは評者の脳味噌崩壊の事実であった。これも四十代ならではといえようか。
右句は、「人にいへぬ街」の思わせぶりにすこぶる感心。極彩色の街も色あせてはいないが、このうふふなおとぼけは一枚上手のように思える。右勝でいかがでしょう。
季語 左=西鶴忌(秋 陰暦八月十日)/右=荷風忌(春 四月三十日)
作者紹介
- 竹岡一郎(たけおか・いちろう)
一九六三年生まれ。一九九二年、「鷹」入会、藤田湘子に師事。
- 長谷川耿人(はせがわ・こうじん)
一九六三年生まれ。二〇〇二年、「春月」入会、戸恒東人に師事。