四十一番 もののふ
左
白鳥の
右勝
われもまたむかしもののふ西行忌 森澄雄
左句は、飛びながら啼く白鳥の声を「武士(もののふ)のこゑ」だというのだが、あの声がことさら「もののふ」を感じさせるだろうか。全く感じさせないとももちろんいえないのだが、この断言はむしろヤマトタケルノミコトの白鳥伝説からきているのだろう。しかし、だとすると今度は、「武士」と書いて「もののふ」とルビを振る表記に違和感を覚えてしまうのである。
右句では、作者のよく知られた南方への従軍のことが振り返られている。この句については、二〇〇〇年版の「俳句研究年鑑」で矢島渚男が、「西行のような武士層と軍隊の将卒とは明確に違う。ことに帝国主義の軍隊のそれとは。その相違を無視して通ってはなるまい」と述べたことに森澄雄が猛反発して、論争めいたやり取りがあったことも懐かしい。矢島の指摘もわからないではないが、文学の表現としては当然許容範囲であろう。また、この句を作った時点で作者はすでに半身不随になっており、それを知っていると「むかし」の一語がいよいよ切実に響く。それにしても、事情の一切を承知しながら(矢島は森の弟子である)、上のようなことを書いた矢島の気概も相当なものだと思う。
左句もそんなに悪いわけではないが、どこか決定的に納得させてくれない憾みがある。右句は、思いと言葉がひとつになって緩みがない。右勝ちであろう。
季語 左=白鳥(冬)/右=西行忌(春 陰暦二月十五日)
作者紹介
- 小島健(こじま・けん)
一九四六年生まれ。岸田稚魚、角川春樹に師事。掲句は、第一句集『爽』(一九九五年 角川書店)所収。ただし、引用は新刊の『現代俳句文庫67 小島健集』(ふらんす堂)より。
- 森澄雄(もり・すみお)
一九一九年生まれ、二〇一〇年没。加藤楸邨に師事。一九七〇年、「杉」を創刊主宰。句集、著書多数。掲句は、第十二句集『天日』(二〇〇一年 朝日新聞社)所収。