日めくり詩歌 短歌 斎藤寛(2011/11/14)

吾まはり吾のまはりに空まはり地面まはつてまた空まはる    都築直子

都築さんの第一歌集『青層圏』(雁書館刊、2006年)より。都築直子さんと言えばスカイダイビングの歌、空から地上へ舞い降りる歌人というのが第一印象だったが、この歌集のタイトルはおそらく「成層圏」からの造語だろう。タイトル通り目の覚めるようなブルーの表紙である。さらに新鮮なのは歌のレイアウトで、ふつう、歌集に歌を並べる時、アタマの位置を揃えるものだが、この歌集はアタマの位置はバラバラ、着地点が各ページの下できれいに揃っている。思わず「着地点」と記したが、いかにもそれぞれの歌がそれぞれの高度から地へ舞い降りるようなイメージの洒落たレイアウトである。

この一首は、この歌集中、「フロリダ」と題された50首より。何人かでフォーメイションを組み、まわりながら地へ舞い降りてゆく場面だ。ひとつ前の歌は、《みづからを独楽となす技 初動つけ頭(づ)から下界にふかくねぢこむ》。かくて、独楽となって吾もまわり空もまわり地面もまわり・・・、読むだけで読者は目がまわってきそうな一首だ。この段階ではまだパラシュートは開いていない。この歌の次の歌が《あふむけのままに虚空をおちてゆく 視野に広がるひといろの青》、そしてその次の歌にて、《落下するわれが頭上に聞こゆるはばりばりといふ開傘の音》と詠まれている。

この歌集が現代歌人協会賞を受賞した時の「朝日」の記事によれば、都築さんは「ミック・ジャガーに会いたい一念で二〇歳で渡英、思いを遂げた。大願成就のあと、『ミックと話すまでは死ねない、と後回しにしていた』子供時代からの空飛ぶ夢の実現に着手、米国でスカイダイビング・インストラクターの資格を取る」というのだから驚く。定住農耕の民の系譜にはハナから属さない歌人である。

この歌集のあとがきに、「世の中のためにもたしにもならない歌を、私は作りたい」と都築さんは書いているが、まことに飛行機から地へ舞い降りるなどというのも「世の中のためにもたしにもならない」行為、近代人の編み出した遊びだろう、と思えば、しかり、と彼女は詠う、《老いもせず死にもせずしてとこしへを生きむ罰(とが)なし 遊戯人(ホモ・ルーデンス) われ》、と。

僅かにエロスの歌、ごく僅かに家族親族が登場する歌もあるが、おおかたの歌は空を舞っているか、さもなければこの星の地の上、わけてもアジアの地の上を歩いている歌だ。単独者として世界に向かい、単独者として世界の中を歩いている歌人、という印象が強い。

この歌集に続く都築さんの第二歌集『淡緑湖』(本阿弥書店刊、2010年)には、空を舞う歌はもはや現れない。日本に定住してしまったわけではないようだが、歩いている歌人というよりは、タイのバンコクの地に「滞在している」者が詠んだ歌、という様相へ転じてきている。総じて、短歌という日本語の詩型によって表現すること自体のよろこびを、都築さんはいっそう享受するようになってきたのではないか、ということが印象づけられる第二歌集である。

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