日めくり詩歌 俳句 高山れおな (2011/12/26) « 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト

日めくり詩歌 俳句 高山れおな (2011/12/26)

五十三番 遺句集の月の出

花暮れて連翹色の月のぼる 田島風亜

右勝

ぴかぴかの月や失意のときに出て 田島風亜

私事であるが、二〇一二年一月号より半年間、「俳句」誌の「今月の10句」というコーナーの筆者を務めることになった。「俳句」誌はじめ月々の俳誌や句集から気に入った句を十句選んで、それぞれに三百句弱の鑑賞文を付すのである。その第一回で、田島風亜という人の次の句もとりあげた。

恋も夢もなき満開の躑躅なる

第一回つまり一月号掲載分は、「俳句」誌に関しては論評の対象が二〇一一年十一月号となる。永瀬十悟「ふくしま」の受賞が話題となった角川俳句賞の発表号に当たっているわけで、拙稿でも同賞の受賞作・候補作を俎上に乗せた。さらに、その延長上で、「週刊俳句」二百三十六号の「落選展」からも四句を紹介した。田島の「恋も夢もなき」の句は、この「落選展」に出ていた作品に含まれていたものである。

さて、「俳句」誌一月号が関係者のもとに届きはじめた十二月ニ十二日、とつぜん、正木ゆう子から電話があった。田島の句を「今月の10句」欄に取り上げたことへの御礼の電話なのであった。最初、タシマフーアさんがどうこうと言われてわけがわからなかったが(なにしろ縁もゆかりも無い人である)、話に作品が出てきてようやく田島風亜の字面を思い出した。

なんでも福岡在住の風亜さんは、同地に住む正木さんの親族(従姉妹と言っていた気がする)と仲良しで、その関係から正木さんとも交友があったらしい。ずっと闘病生活を続けてこられて、正木さんが電話をくださった当日が初七日だったのだという。一九五六年生まれだからまだ五十代半ばに過ぎない。ちょうど私家版の句集を纏めたところで、俳壇方面に配る予定は特になかったが、せっかくであるから当方にも送るように手配するとのことであった。かくて、結果的に遺句集となってしまった『秋風が… 田島風亜句集』を拝読する仕儀となった。奥付には「2011年12月発行 私家版 非売品」とのみ記されている。果たして病床の風亜さんは、自分の句集を見ることができたのだろうか。

「恋も夢もなき」の句の鑑賞文では、「落選展」に出ていた五十句(タイトルは「七月は空」)からこの句に加えて、さらに二句を引用した。

他にも、〈愛されてゐるさ空蝉そこかしこ〉〈ぴん札のごとき曇天鳥帰る〉など乙なクセ球あり。編集部予選も通らなかったのは不思議。

要するに、五十句を通じてかなり面白かったので、このような発言となったのであろう。そんな次第で句集の方も期待してひもといたのだが、それは裏切られなかったようだ。「梟」所属とのことで、ならば先生は矢島渚男である。句集を読んでいてなる程となったのは、作者は蕪村に思い入れがあるらしく、現在の俳人で随一の蕪村読みは矢島であろうから、福岡/長野と遠隔の地にありながらの師事の理由もよくわかるのである。

雪積んで蕪村の家並生まれけり
海原の緑かんばし蕪村の忌

直接、蕪村に言及しているのはこの二句(特に後者は秀句だろう)だけだが、

母なしに堤の長き帰省かな

にも蕪村の影響はあきらかだ。これ程、歴然とはしていなくても、

初雀ゆめのしまひのあたりより

には、〈うぐひすのあちこちとするや小家がち〉と相似た空気を感じたし、

蕎麦にふる一味に吹くや秋の風

から〈秋風にちるや卒都婆の鉋屑〉や〈かなしさや釣りの糸ふく秋の風〉を思い出さずにいるのは難しい。

紅梅の莟の力深きより

は、紅梅を媒介にして見えないものを見てしまう意識のドラマという点で、〈紅梅の落花燃ゆらむ馬の糞〉を連想させる。また、

青天の彼方より凍て至りけり

には、〈方百里雨雲よせぬぼたん哉〉や〈稲づまや浪もて結へる秋津しま〉にも通う、空間の大きさ、視点の広やかさがあろう。もちろん以上からだけでもわかるように、田島の句風はとりたてて擬古的などではなく、むしろ全体としては、あれこれの現代作家の影や当代風の言い回しも散見する、ごくごく今風の句集であるが、一方で蕪村の名を引き合いに出したくもなるような郷愁の明るみを湛えてもいたのも確か。また句集の後半に癌との闘いに言及した句があるのは傷ましくも当然として、しばしば貧乏を嘆く句が混じるのも興味深い。風亜は、渚男を通じて楸邨、波郷、澄雄らの師系につらなるわけで、その地金が出たとも言えよう。しかし、老苦と並んで貧苦はおそらく今後の俳句のトレンドとなる可能性が高く、そういう意味では二十一世紀型の“貧”の俳句の先駆と評価すべきかもしれない。

前置きはこれくらいにして、左右の掲出句であるが、御覧の通り月の出を詠んだ句で揃えた。左句で、黄色くうるんだ春の月を「連翹色」に譬えるのは無理がないとも当たり前とも言えるが、少しく童話的な抒情味を含んでいて魅力的だ。一句を淀みなく言いおろして、「月のぼる」と沈着に結んだ姿はすっきりと美しく、俳句の典型性を示していよう。他方、右句における「ぴかぴか」の措辞は、「失意」に弱った心が、煌煌たる月の輝きに対して感じた敵意を示している。敵意と言って言い過ぎなら、月の美しさとの間に回路を開けない、開きようがないそのような心理が、暗示されているということでもいい。「ぴかぴか」というオノマトペも、「失意のときに出て」という限定の仕方も、修辞的には一見素朴なようでいて、しかしその素朴さこそが「失意」を生動させている。どちらも佳句と思うが、右句の逸脱ぶりを多として右勝。

季語 左=花(春)/月(秋)

追記……田島風亜さんが亡くなったのは十二月十四日未明であり、正木ゆう子さんの電話があったのは、正しくは初七日の翌日でした。ここに修正すると共に、故人のご冥福をお祈り申し上げます。(十二月三十日記)

作者紹介

田島風亜(たしま・ふうあ)

一九五六年生、二〇一一年没。一九九七年作句開始。二〇〇一年「梟」入会、二〇一〇年

「光円」入会。

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One Response to “日めくり詩歌 俳句 高山れおな (2011/12/26)”


  1. 2012年7・8月 第五回 秋風が芯まで染みた帰ろうか  田島風亜(神野紗希推薦) : スピカ - 俳句ウェブマガジン -
    on 8月 4th, 2012
    @

    […] 村越敦×千倉由穂×高崎義邦×神野紗希×野口る理 秋風が芯まで染みた帰ろうか  田島風亜 ( 『秋風が…』私家版、2011) 神野  私は、句集から持ってきました。田島風亜さんという俳人です。去年、亡くなられましたが、1956年生まれなので…。 村越  まだお若いですね。 神野  うん、まだ50代でした。ずっと闘病生活を続けてこられたようで、今日もってきた『秋風が…』は、私家版の句集です。結果的に遺句集となりました。高山れおなさんが、「詩客」の「日めくり詩歌」2011年12月16日の記事(http://shiika.sakura.ne.jp/daily_poem/2011-12-26-4766.html)にて、取り上げていらっしゃいます。 村越  女性ですか。 神野  そうです。この句は表題句、とても好きな句です。この人、帰れない感じがするでしょ。秋風がからだの芯まで染みて、冷えてしまって、帰ろうかって思ったときには、もう秋風の側の人間になっているような。もう、作者が透明になってしまっているような感じがする。 村越  (句集をめくりながら)すごく句の幅が広いですね。 神野  そうなの。 村越  「ゆるキャラが流行る寒くて悲しい国」。 千倉  面白い! 神野  「寒い」っていう体感の季語を、心情的に使ってるんだよね。「悲しい」と同列に扱うことで、季語だってことをつい忘れてしまうところがある。 高崎  「寒くて悲しい国」…。 村越  ほんとに悲しくなりますね。 神野  ゆるキャラの表情も、みんな悲しく見えてくるような。 村越  「スクリューぶるんぶるんるんるん春の海」。 神野  それも好き。「春の海」って感じがするよね。船のエンジンをかけてるんだよね。 村越  最後は「るんるん」になるんですね。 神野  そうそう。春の海って「春の海ひねもすのたりのたりかな  蕪村」があるように、古来、オノマトペを許容する海だと思うんだよね、文学的に。だから、この句、自由なようでありながら、ちゃんと俳句の蓄積のうえに立っている。 千倉  「パンジーの吹かれて破れかぶれなり」、面白い。好き。 野口  秋風の句は、作者が芯まで冷えてるんですか。 神野  そう解釈しました。 野口  「芯まで染みた」でいったん切れてるけど、「帰ろうか」も、同じ人が言ってる、ってことだよね。 神野  うん、呟きが2センテンスになった、という。 野口  ふつう、ここで秋風を持ってこないよね。意味としては、重ねまくっている。 神野  高崎くんは、こういうのどうかな?インパクトあるかな? 高崎  いや、もう、普通に泣きそうです。 神野  こういう俳句は、俳句の人にも、俳句を知らない人にも、ぐっと届く句なんじゃないかな。 千倉  風が通るとか、吹き抜けるとか、とどまるとかはあるけれど、「芯まで染みた」っていう表現はないような気がする。 村越  この方の句集を全体的に見渡してみて、作風の幅がとにかく広いわけじゃないですか。僕の挙げた斎藤朝比古さんとは、真逆ですよね。これだけいろんな俳句が入っていると、バリエーションはあるけど、ひとりの作家として全体像を捉える場合、どうなんでしょうね。 神野  私は、田島さんの俳句全体に通底している気分はあると思いましたね。いきいきと言葉で呼吸している感じ。俳句という形式に内容を詰めようとするんじゃなくて、俳句の長さで喋っているような。 村越  俳句に語らせるような感じでしょうか。 神野  俳句が型だってことを、忘れさせてくれる、ナチュラルさがあるんだよね。型をしっかりおさえてるんだけどね。型があるからこういう俳句になった、ではなくて、言葉同士がきちんと一句一句、こうでなければならないっていう並びに結びあっている感じ。 村越  なるほど。 神野  この秋風の句も、ひとつのパターンではあるのよね。上12文字でぽうんと何か季節のことを言って、最後の5文字で心情を呟くっていう形。たとえば南十二国さんの「たんぽぽに小さき虻ゐる頑張らう」とか、奥坂まやさんの「坂道の上はかげろふみんな居る」とか。でも、そういうパターンにはめたっていう感じが全然しなくて、「秋風が芯まで染みた」から「帰ろうか」っていう言葉が運命的に出てくる。…でも、そういう、ラスト5文字で呟いてとどめをさすパターンの俳句が、きっと私、好きなんだなあ。 野口  「芯」の字の中に「心」が入ってるから、それを思うとつきすぎ…というか、分かりやすい句ではありますよね。歌詞っぽくなっちゃう危険性がある。 神野  そうだね。そう考えても、かなり高度なところで成立している俳句だと思います。 (次回へ) […]

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