日めくり詩歌 短歌 高木佳子 (2012/03/28)

硝子戸にぶつかる燕 忽ちにインクにもどりそうなつばめよ    雪舟えま

『たんぽるぽる』(短歌研究社、2011年)より。

歌集のタイトル、そしてたんぽぽの黄色を基調にした名久井直子氏のしゃれた装幀と、各セクションの扉を飾る、妹・雪のさんによるうさぎのマミィのかわいいイラストなど、ポエジーな世界を感じさせるこの歌集を、その気分のままで読み進めてゆくと、どんでん返しをくらった気持ちになる。

「道路と寝る」「魔物のように幸せに」「愛に友だちはいない」・・・各セクションに被せられた小タイトルには、作者の内部にある、なにかひりひりとしたものを感じさせずにはおかない。

この一首は「おおいなる梅干し」と題されたセクションのなかに置かれている。そのはじめに、「虹号」と呼ばれているらしい洗濯機が水漏れを起こしている、という断片的な手がかりのみが与えられて、読者は歌を読み進めることになる。

はじめに硝子戸にぶつかる燕という具体的な事象が提示され、つぎに、忽ちにインクにもどりそうなつばめ、とその事象は作者の内部において表象に変換されていく。ここでは、インクが滴下する一瞬は(インクの色は黒か藍か、そのへんは読者に委ねられるのだろう)

雪舟さんの内部で「つばめ」へ変換されていく。

なにかに小さく衝突したショック、障壁に突如として遮られる飛行、しかし他者にはまったくといっていいほど影響が及ばない個別で不吉めいた出来事を読者は感じとる。

つぎのシークエンスで、

苦しげに水を漏らしている機械抱きたい夏の入り組む道で

と提出されてゆく。「水を漏らしている機械」は、あるいは受胎かもしれない暗示がなされ、読者はひりひりとした痛みのようなものは感じてゆく。

人間は卵を産むといいすてて消えたかったよ夏の面接
水の音きくとおしっこしたくなる本能まもりぬいてきました

さまざまな物象が排出を行う。漏れていく水、産む卵、おしっこ・・・絶えずあるのは出し続ける作中主体であり、それは同時に女性という記号が濃く意味するものだ。いずれもが、女性という性の痛みを淡く、だが確実に投影してゆく。憎悪のない透明な毒。それが雪舟さんの歌にはある。

雪舟さんの作品世界は、穂村弘の歌のモデルとなったというたぐいまれなエピソードから始まって、この『たんぽるぽる』に先駆けて出された自身の朗読CD『臨月第3水曜日』もあって、彼女の中にある豊かな野を思う。

読者はそれらの周辺をくまなく歩いて、雪舟さんという人を探すのも楽しいかもしれない。

タグ: ,

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress