「パッションでイッパイで」(抄) ゲラシム・ルカ
キミが好き
パッションでイッパイで シッパイで ボクは
好き キミが好き パッションで ンーで
キミが好き パッションで
キミが好き パッションでイッパイで キミが好き
キミが好き パッショ パッションでイッパイで ンーで 好き好き
詩集『鯉の歌』(1973)所収 鈴木雅雄訳
詩集『鯉の歌』中の「情熱的に」(日本語訳は「パッションでイッパイで」)というタイトルの100行の詩の末尾の7行である。ゲラシム・ルカはルーマニアの首都ブカレストに生まれ、スターリン体制を逃れて39歳でパリに出て、シュルレアリスム詩人として活動したが、81歳でセーヌ川に投身自殺した。パリで活動したルーマニア人といえば、パウル・ツェラーンやディヌ・リパッティを思い起こす。ピアニストのリパッティは1950年、33歳でジュネーブで病死した。
《「どもる」という方法で読むものを唖然とさせ、爆笑させる、透徹した思考の一様態をシュルレアリスムにつけ加えた驚嘆すべき理論家》と日本のシュルレアリスム研究家鈴木雅雄教授は評する。さらに《家族や血縁を逃れ得ない宿命的なものとみなす感性から自由であろうとし》、そのためにノン、ノン、ノンとしつこく反復することで、予定された押し付けを拒絶し拡散しようとする「詩的どもり」の手法を創出した。アンドレ・ブルトンが16歳になった一人娘が読むようにと望んだ散文集『狂気の愛』と好対照かもしれない。
《ノン=オイディプス理論》と自身が呼ぶいかめしい詩論にもかかわらず、驚くことにゲラシム・ルカの詩は読んでみると意外に分りやすく、読むものの内部に浸透していく明晰な単純性を有している。日本語訳の苦心の成果もあって、読んでいくと日常性に絡み合ったわたしたちの意識がすっとほどかれて行く開放感を覚えるではないか。