七曜詩歌ラビリンス 3  冨田拓也

8月某日

最近、若手俳人の第1句集が何冊か刊行された。山口優夢句集『残像』(角川学芸出版)、中本真人句集『庭燎』(ふらんす堂)、青山茂根句集『BABYLON』(ふらんす堂)の3冊である。

そして、「俳句界のゴーレム」こと関悦史氏の第1句集『六十億本の回転する曲つた棒』が邑書林より10月末頃に刊行予定とのこと。

8月某日

山口優夢句集『残像』(角川学芸出版)を繙読。

著者は1985年生まれ。2008年、「銀化」入会。2010年、角川俳句賞受賞。帯文と装丁が中原道夫、栞文を櫂未知子が担当している。全184句の収録。

台風や薬缶に頭蓋ほどの闇

大広間へと手花火を取りに行く

雨は芙蓉をやさしき指のごと伝ふ

エレベーターあかるしコートの雪払ふ

心臓はひかりを知らず雪解川

全体的に弾力性を伴ったソフトな作風であるが、時に虚ろさや微妙な翳りのようなものも感取されるところがある。読後感としては、稚拙さでさえ魅力に映る、何度読んでも不思議な手触りの感じられる句集となっている。

硝子器は蛍のごとく棚を出づ
鶏頭のうへに煙草のけむり消ゆ
ぎんなんのどれもあかるく潰れたる
航空写真晩夏の音を蔵しをり
オリオンや眼鏡のそばに人眠る
投函のたびにポストへ光入る

8月某日

中本真人句集『庭燎』(ふらんす堂)を繙読。

著者は1985年生まれ。平成14年「山茶花」に投句、三村純也に師事。

初蝶の黄をふくらませ風に乗る
兼題をメールで送る子規忌かな
独りとる教員室の夜食かな
弥陀の手のたやすく外れ煤払
よく肥えし生物室の金魚かな
自販機のどれも売切炎天下

嫌味や衒いのない、なんとも朴訥な作品の並ぶ第1句集。典型性へとそのまま収斂されてしまっている句もいくつか見られるが、一方でそれのみにとどまらないどこかしら図太さを感じさせる句や、教職での出来事または大学院での研究対象を詠んだ句があり、それらの作品が句集中特に印象に残るところがあった。

夜神楽の山盛りの炭使ひ切る
なつかぬ子なつかぬままに卒業す
真つ直ぐに一気に日脚伸びにけり
残花なほ吹雪く力を持ちにけり
蛇穴に入るかとみれば泳ぎ出づ
鉾立をすれすれにバス通りゆく
落蝉の事切れし眼の澄みにけり
ばつた跳ねガードレールをかんと打つ

8月某日

青山茂根句集『BABYLON』(ふらんす堂)を繙読。

著者は1966年生れ。1993年句作開始。現在「銀化」「豈」所属。第1句集で、約343句が収録されている。序文・装丁が中原道夫で、栞文を櫂未知子が担当。表紙が扉の絵で句集の世界への入口といった趣きであり、またカバー下の本体は青のクロス装でまさに「青い陶片」を思わせる形状のものとなっている。

いはれなくてもあれはおほかみの匂ひ
供物ならむや秋影をうしなへば
落城のごとく毛虫を焼きにけり
臨終の手が風船を得し如く
露ひとつつまめぬ箸を使ひけり
足首をつかまれさうな紅葉かな
白象とおもふ時雨の山並は
鳴きかはすものと夏暁むかへけり
旅客機に亜細亜の汗をもちこめり

全体的にやや観念的というか、空想性、物語性の要素が強く、それゆえ若干形象性や具象性に欠ける傾向があり、句集を一読したのみでは少々わかりづらい作品が少なくないかもしれない。

一応、この句集におけるキーワードの一つは「境界」ということになろうか。国と国、彼方と此方、彼岸と此岸、現実と夢、過去と現在、主体と客体、実在と非在、終りと始まり、落下と飛翔、男性性と女性性、リアリズムと幻想、既知と未知等々。これらの要素が重層性を保ちつつ作品の内にある適切さを以て嵌入された場合単なる常凡さを越えた迫力を伴うポエジーが生み出される結果となるようである。

巣箱より見つめられたる真昼間よ
眼を見ろと言はれ黄沙のただなかに
遠ざかる生家や蕗に屈むたび
ドル紙幣とて短夜の傷を負ふ
セイウチの眼に雨の虚子忌かな
鶯や彼方に重機光りあふ
或る朝のプールに映りたる機影
秋蚕あふれてぬばたまを食ひつくす
鶴の群とは崩れゆく塔のごと

8月某日

総合誌『俳句界』9月号を書店で立ち読み。栗林浩氏によるインタヴュー「話題の新鋭」の連載で「東大俳句会」が登場。生駒大祐、高崎壮太、野口る理、福田若之、堀田季何、村越敦など現在活躍中の俳人の名前が見える。今回で若手俳人のインタヴューは最終回とのことで、少々残念。

8月某日

俳句の総合誌である『俳句研究』が2011年秋の号で終刊とのこと。個人的には毎号実際に手に取って読んでいたわけではないのであるが、俳句誌の広告などで何度か収録内容の目次を目にしたことがあり、それを見る限りでは毎回割合充実した内容であるように思われた。終刊は残念ではあるが、これまでに刊行された号については今後その資料的価値は割合小さくないのではないかという気がする。

9月某日

短歌関係の新刊をいくつか。

  • 小高賢『老いの歌』(岩波新書)
  • 『寺山修司全歌集』(講談社学術文庫)
  • 杉崎恒夫歌集『食卓の音楽(新装版)』(六花書房)
  • 稲葉京子歌集『忘れずあらむ』(不識書院)
  • 佐佐木幸綱『佐佐木幸綱歌集 現代短歌文庫』(砂子屋書房)
  • 石川美南歌集『裏島』(本阿弥書店)
  • 石川美南歌集『離れ島』(本阿弥書店)

9月某日

現代詩関係の刊行物をいくつか。

  • ジャック・ルーボー『ジャック・ルーボーの極私的東京案内』(水声社)
  • 田中勲『最も大切な無意味』(ふたば工房)
  • 清岳こう『マグニチュード9・0』(思潮社)
  • 八木幹夫『「現代詩手帖」編集長日録1965-1969』(思潮社)
  • 新延拳『背後の時計』(書肆山田)

9月某日

俳句関係の新刊をいくつか。

  • 糸大八句集『白桃』(糸大八句集刊行会)
  • 青山茂根句集『BABYLON』(ふらんす堂)
  • 押野裕句集『雲の座』(ふらんす堂)
  • 竹岡一郎句集『蜂の巣マシンガン』(ふらんす堂)
  • 大峯あきら『シリーズ自句自解1 ベスト100「大峯あきら」』(ふらんす堂)
  • 柿本多映『季の時空へ』(文学の森)
  • 柿本多映『ステップ・アップ 柿本多映の俳句入門』(文学の森)
  • 山西雅子『花の一句』(ふらんす堂)
  • 俳句誌『静かな場所』7号
  • 俳句誌『連衆』61号

9月某日

竹岡一郎句集『蜂の巣マシンガン』(ふらんす堂)を繙読。

著者は1963年生れ。平成4年「鷹」入会。今回の句集が第1句集となる。

雪達磨動かんとして崩れけり
神の留守跳ねて鮃の裏返る
筒箱に山高帽子春隣
イスラムの青年に貸す夜学の書
戦乱の海逃れ来し鮫よ語れ
房州の蛸這つてゐる鉄路かな
トランクはヴィトン家出は雁の頃
冬雲雀祈りもなくてひた昇る

若干類型的な句がいくつか顔を見せるものの、個人的には年を経るごとに作品が面白くなってきているような印象を受けた。特に句集の最後の平成22年の作品中における「俺シリーズ」の破れかぶれぶりが滅法面白い。今後これを是非100句以上の連作として書いていただきたいところ。

高射砲錆びをり射程距離に鷲
俺斃れ明けの切株ひこばゆる
散りゆくは花か少年少女らか
蜂の巣の俺人生はマシンガン
大丈夫だつた日は無くまた夕焼
蓑虫が一生ゆれている俺も
きりぎりすきらめくどうせ堅気ぢやねえ
稲妻となつてお前を喜ばさう

9月某日

岩波文庫で『碧梧桐俳句集』(栗田靖・編)が10月14日に刊行されるとのこと。

これで、いまひとつ把握しづらい河東碧梧桐の全体像というものを簡便に俯瞰できるようになるかもしれない。

9月某日

月刊の文芸誌『ユリイカ』(青土社)の10月号で「現代俳句の新しい波」という俳句の特集が組まれるとのこと。発売日は9月27日。

『ユリイカ』で俳句の特集が組まれるのは、今回ではじめてのことかもしれない。俳句総合誌以外の雑誌の俳句特集によくありがちな単なる「俳句入門」の内容とは一線を画すものとなることは間違いのないところであろう。今回の特集における内容と、また今号の刊行後にどのような反応が出てくるかという点にも注目される。

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