七曜詩歌ラビリンス 2 冨田拓也

7月某日

書店で、リチャード・ブローティガンの詩集『チャイナタウンからの手紙』(池澤夏樹訳)がちくま文庫で復刊されているのを発見した。

短い詩ばかりの詩集であるが、ブローティガンは俳句にも興味を持っていたとのこと。集中の「寡婦の嘆き」というタイトルの非常に短い作品は実際に俳句ということになるらしい。

7月某日

林和清『日本のかなしい歌100選』(笠間書院 2011年3月刊)を購入。

タイトルの通り百首の短歌を選出したもので、選ばれているのは、主として和歌の作者であるが、近代以降の作者も与謝野晶子、斎藤茂吉から永井陽子、笹井宏之まで若干ながら選出されている。1首づつに鑑賞文が付されており、ですます調の平易な鑑賞文ながら核心部を的確に捉えた内容となっている。

7月某日

中西夕紀句集『朝涼』(角川書店)を繙読。

手が出でて船の扉が開くクリスマス
雪霏々と鷗の顔の向かひくる
白魚の雪の匂ひを掬ひけり
山裾に長き今日あり蒸鰈
一睡のいづこに覚めんかきつばた
梅雨の灯や袋の中にゐるごとし
水音は一本の筒枯るる中
木から木へ伝はる雨意や黒揚羽

全体として安定感のある句集であるが、時として象徴の領域にまで踏み込んでいるような趣きの作品がみられるのが個人的には興味深かった。こういった微妙な言葉のひねりや働きを自在に使いこなすのはやはりそうそう容易いことではないであろう。読みながら静かな充足感を味わえる練達の句集。そういえば、この作者には確か宇佐美魚目に関する鑑賞文があったなということを思い出した。

玉虫に山の緑の走りけり
あかつきの雲押し寄する海鼠突
蟇無々といふ顔してゐたり
炎帝の臣なり糞をころがせる
はがしたき数の蛾のゐる大夏木
踏みし根に励まされたる枯野かな
灯に音に汚るる渋谷鯨鍋
白波の椿の塵をあげにけり

7月某日

出版社である「ふらんす堂」から『ふらんす堂通信129』が発行された。

詩人の杉本徹による俳句評論の連載「十七時の光にふれて」が早くも18回目を数え、今回は杉山久子句集『鳥と歩く』が取り上げられている。他には八田木枯の新作10句や手塚敦史の詩の新連載、佐藤文香のインタヴューなど。

7月某日

俳句誌『星の木』第7号を繙読。

ノックしたきこれは大きな蝸牛    大木あまり
黒揚羽みどりの水をはしりきて    石田郷子
飛びついて柱に小さし灯取虫     藺草慶子
たまさかに人居ぬ刻や沙羅の花     山西雅子

毎号ほぼ4氏の作品によって構成されている俳句誌であるが、作品のみならず評論も併せて読んでみたいと思わせられるところがある。

7月某日

短歌関係の新刊がいくつか刊行されている。

  • 『小中英之全歌集』(砂子屋書房)
  • 小島なお歌集『サリンジャーは死んでしまった』(角川書店)
  • 『千々和久幸歌集 現代短歌文庫88』(砂子屋書房)

7月某日

栗林浩『続々俳人探訪』(文学の森)が刊行された。

俳句の評論集であるが、これでシリーズ3冊目。そのなんとも精力的な執筆活動に驚く。今回は「攝津幸彦と田中裕明」、「柴田白葉女」、「寺田京子」、「佐藤鬼房」、「神生彩史と片山桃史」、「島村元」「野村秋介」など。

今後は、安藤和風、尾崎迷堂、橋本夢道、西村白雲郷、伊藤柏翠、藤後左右、神崎縷々、中村三山、相生垣瓜人、加藤かけい、火渡周平、島津亮、本郷昭雄、阿部青鞋、小川双々子、堀井春一郎、和田魚里、中尾寿美子、長谷川草々あたりについての取材をお願いしたいところ。

8月某日

前田霧人氏の俳句誌『新歳時記通信』5号が刊行された。

毎号ほぼ前田氏の評論だけの内容という力業で構成されている。今号は「軽暖と薄暑」、「地動説へ」、「ホトトギス雑詠の無季句(国内編)」、「ホトトギス雑詠の無季句(海外編)」、「篠原鳳作の遺したもの」、「後記」という内容。「ホトトギス」の雑詠に無季の句が存在しているという事実を今回初めて知った。

8月某日

小澤實主宰の俳句誌『澤』8月号(11周年記念号/特集・永田耕衣)が刊行された。

この『澤』の特集号は年に1度企画されており、これまでに「特集・大正十年前後生まれの俳人」「特集・久保田万太郎」「特集・二十代三十代の俳人」「特集・田中裕明」など非常に重要な意味を持つ特集内容を世に送り続けている。現在他にこういった大規模な企画を成し得る俳句誌はせいぜい『豈』か『未定』くらいであろうか。

しかしながら、今号は特に労作で、カラー頁があり、執筆陣の選出についても見識の高さを窺わせるものがある。また、それぞれの評論のテーマの立て方が秀逸で「編集者から見た耕衣」、「永田耕衣と吉岡實」、「耕衣と石鼎」、「耕衣と天狼」、「耕衣と波郷」、「耕衣と虚子」、「耕衣と新興俳句」、「耕衣と六〇年代」、「耕衣と連作」、「耕衣と関西」などが各々論じられている。このような様々な角度からの評論を併せて読むことによって耕衣像が立体的に顕ち上がってくるところがある。他に耕衣の詳細な年譜や原石鼎の「鹿火屋」における作品の初出など、資料面でも実に充実した特集号となっている。

8月某日

俳句誌『里』101号が刊行された。

特集のひとつが「俳とは ――辞書解説バージョンによる18人×800字の考察」で、執筆者が和合亮一、小池正博、九堂夜想、関悦史、北大路翼、月野ぽぽな、村上佳乃、冨田拓也、越智友亮、櫂未知子、仲寒蝉、小豆澤裕子、瀬戸正洋、小林苑を、谷口智行、岡田登貴、上田信治、島田牙城。

この特集の寄稿者についてはもう少し数が多いと思ったのであるが、結局詩人が1人、柳人が1人、『新撰21』『超新撰21』関係が5人、『里』の同人が9人という面々で、やはり「俳とは何か」という少々難しいテーマであるためか、今回はあまり原稿が集まらなかったのであろうか。

8月某日

佐山哲郎句集『娑婆娑婆』(西田書店)が刊行された。

レプリカの巨鯨春風駘蕩区
神学者めきて不動の梅雨鯰
吐くひとり終電にあり不如帰
転生しながらさながらないあがら
送り盆味な音する換気扇
注射器の落ちてゐる露地天の川
抜け出せぬおままごとなり十三夜

佐山氏は現在話題の映画『コクリコ坂から』の原作者でもあるとのこと。他に編集業や住職など、随分と多彩な顔の持主のようである。句集の脇をかためているのが、装丁間村俊一、写真鬼海弘雄、挿画松山巌、跋文小沢信男とただならぬ面々。

句集の内容は、脱力、低徊趣味、乱痴気、出鱈目、戯け、真顔、幻想、郷愁、抒情、童心、言葉遊び、パロディ、メタファー、衒学趣味等々随分と多彩であり、これは実際の現実世界における佐山氏の関心の多方向性と関係しているのかもしれない。それゆえに句集の読後感は思った以上に重厚なものがあった。

かたつむりそろそろ雨上がりの駅
どや顔の女神輿が吶喊す
地には花火師の無言の影法師
次の次の一尺玉のある闇虚
人は塵月は巨大な石である
臆面もなく眩しかり雪景色
一兎をも得ぬ初夢のそのまんま

8月某日

歌人佐藤通雅氏の『路上』が120号を以て終刊を迎えたとのこと。

いままでに数冊しか目にしたことがないのであるが、短歌作品や多彩な評論の掲載などまさに「硬派の文芸誌」といった趣きで、現在では希少な存在であったと思われる。そういった意味でも残念であるが、一応「第1期終刊」であるそうなので、今後の活動に注目される。

8月某日

現代詩の最近の刊行物をいくつか。

  • 三井葉子『灯色醗酵』(思潮社)
  • 『現代詩文庫191 続・伊藤比呂美詩集』(思潮社)
  • 福間健二『青い家』(思潮社)
  • 斎藤恵子『海と夜祭』(思潮社)
  • 藤井貞和『うた ゆくりなく夏姿してきみは去り』(書肆山田)
  • 宋敏鎬『真心を差し出されてその包装を開いてゆく処』(青土社)

8月某日

現代詩、短歌、俳句の3つの詩型を扱う武田肇氏の詩歌誌『ガニメデ』の52号が刊行されたらしい。現在において割合重要な意味を持つ総合誌であると思うのだが、毎号容易に入手できないのが少々残念なところ。

8月某日

池田澄子句集『拝復』(ふらんす堂)が刊行された。

冬うららか海豚一生濡れている
いつか死ぬ必ず春が来るように
ともだちよ春の空気につつまれて
林檎しずか満ちては傷んでゆく蜜も
向き合うて久しき天地ゆりかもめ
要はどう死ぬかなのよねワインゼリー
過去にやや好きな日もあり夏大根
ヒガンザクラ咲き垂れてかの赤紙色
大輪のダリアに仮の世の液肥
百日紅彼方は此方より佳いか
昔は死んでしまいたい日もあったニセアカシア
綿虫よ嬉嬉と羽化したのでしょうか

語り口は割合軽快なものが多いながらも、思った以上に現実に対する悲しみや憂いを内に秘めた句が目につく。そもそもこの作者の作品は「生きていること」そのものに深い位相で結びついているとでもいった趣きで、その内容は決して単なる軽い性質のものではない。これは現実や我々の存在そのものへの真剣な問いが主題として句の底に潜められているゆえということになるのであろう。

また、作品の一字一字にいたるまで妥協がなく、現在これだけ自らに厳しい作者が存在するという事実はひとつの驚異といえよう。それこそモラリストともいうべき作品への真率で謹厳な態度といったものが感取されるところがあり、若い俳人から多くの支持を得ているのも作者のこのような精神の在りようと無関係ではないはずである。

牡丹散ってンッ? と幼児が立ち止まる
百日紅の花へ昇りて水が死ぬ
金魚に餌あげて自戒は幾度でも
新走りあの日あの人生きていた
初明り地球に人も寝て起きて
蝙蝠と美味しい虫に夜が更ける
色鳥の試し止まりや揺れる空
お祭の夜店が昨日あった場所
月明の何処もさびし回遊魚
ここ此処と振る手儚し飛花落花

8月某日

今回は他に俳句関係の刊行物として、

  • 嵯峨根惠子句集『ファウルボール』(らんの会)
  • 山口優夢句集『残像』(角川学芸出版)
  • 志賀康評論集『山羊の虹』(邑書林)
  • 俳句誌『円錐』50号
  • 『椰子会会報』45号
  • 中本真人句集『庭燎』(ふらんす堂)

などがあるのだが、取り敢えずこれにて終了としたい。

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