自由詩時評 第15回 福田拓也

「陰茎するアイデンティファイ ――あらゆる文字のための一幕のパントマイム――」と題されたこの散文詩群に現われる「ヘルマフロディトス」とは、より正確には両性具有的なものであるというよりは、「性別を落とした彼」であると言えよう(「……広葉樹林からの呼気を浴び、水際ではしゃぐ亀の甲羅を撫でる細い腕、いくらか筋張った手の甲に、薄く浮きたつ揚羽蝶の紋様、性別を落とした彼の、歩いた跡には繁茂する草花、[……]」)。のみならず、榎本は、ここでさらに一歩進んで、下腹部を「砕かれた」ものとして提出しているようだ(「[……]砕ける下腹部の媚態に拐かされながらも羨望と嫉妬に塗れた汚穢のさなかの文字群は、[……]」)。その結果、陰部は、「方形の陰部」という奇妙なものとなる(「方形の陰部に映える乳母車の死骸」)。

こうして、男女の別がなくなるまでに破壊され、「乳母車の死骸」にも似た「方形の陰部」に見出されるのは、いくら立派なものであっても射精もせず「精液に溺れることもできない」「陰茎」・「男根」のすぐ近くにありながら「陰茎」的・「父祖」的言語によっては表象することのできないものでありつつも、絶えず精液・文字・言葉を生産している詩的言語の発出の場である「睾丸」である。この「父祖」的言語によっては表象不可能である散文詩の産出の場たる「睾丸」の形象化を可能とする言語を創出したことがこの作品での榎本櫻湖的成功を形作っている。次に引用する詩行は、この散文詩群の中でももっとも鮮烈な印象を与えるものではないか。「[……]膣外生命体である輸入木材製の美少年たちの天を衝くほど勃起した男根に群がる女衒と連れ去られた男娼の艶やかな陰嚢、その皺と皺のあいだには無数の人面虫が虱のように齧りついて、啜られた精気は果敢なく零れ落ち、下水管の錆ついた壁面に貼りついてしまって、ときどきは己惚れた自堕落な鼠等が、尖った鼻面に纏いつかせては狂ったように乱舞する、[……]」。

榎本はさらに、例えば「《バナナの果肉などというものは腐敗した精巣の膿に過ぎない》」と宣言しつつ「睾丸」を「果実」に接近させることによって決定的な一歩を踏み出す。「ひたすらに愛し合うことのみを許された存在」としての「少年たち」の「戯れ」を描いた次の詩行では、「南国の果肉」が「ぷっくりと膨れた睾丸そのままの姿」であるとされている。「[……]精液は薔薇の香りを帯びて、七色に分光される汗、互いの舌を接ぎ合わせ、とても雅やかな瞬間から瞬間へ雪崩れこむ時の気まぐれに絆されるそれぞれ、南国の果肉を、しかもそれはぷっくりと膨れた睾丸そのままの姿で、潤う表面から滲みだす果汁を慎ましやかな互いの乳首に擦りつけて、ときどきは舌先で弄ぶ柔肌の密かな抗いに、果肉は白濁した甘い液体を吹き、同じくらい白い斜面を伝い降り、すぐさまそれは涎のあぶくのなかへ含まれてしまう、果敢ない、あえかな、生涯、極めて簡素な、その斜面のうえの、色素を失いかけた産毛に、絡まる、ひと滴の果汁に、少年たちの、睦み合うのが映って、い、て、甘さ、を、残した、吐息、に、曇る、視界、ときおり、混じる、震える、音、……」。作品中に「《少年たちはマンゴスチンの果汁を乳首に塗りたくり合う儀式に耽る》」と題された散文詩があるが、ここにはまさにその「儀式」のさまが描かれている。ここで、「潤う表面から滲みだす果汁」とか「白濁した甘い液体」とあるのは、もちろん「果汁」であると同時に「精液」でもある。特筆すべきは、このテクストでは、「精液」・文字・言葉は、「陰茎」や「男根」を経ることなく直接それらの産出の場である「睾丸」でもある「果肉」から吹き出していることだ。「下腹部」を「砕く」というラカン的「去勢」とは全く逆の暴行的な「去勢」手術によって、榎本櫻湖的主体は、「陰茎」・「男根」の導く大文字の他者の場、「父祖」的な言語という場に「陰茎するアイデンティファイ」を通して自身を「脱身体」化する「パントマイム」という行為によって参入することなしに、精液=文字の連なりを吹き出させることに成功している。この儀式に於いて夢見られているのは、そのような言語でない文字、言語でない詩的言語というあり得ないものの噴出だ。しかし、その不可能なるものの実現は永くは続かないだろう。「果敢ない、あえかな、生涯」とある通りだ。最期の瞬間になって、「〈少年たち〉という文字」による「儀式」によって吹き出した「ひと滴の果汁」は、「少年たちの、睦み合うの」を映し出す。つまり、言語ならぬ言語が自身の産出過程を映し出す。しかし、言語ならぬ不可能な言語の真の実現という快楽は沈黙の別名ではないのか。散文詩を構成していたはずの語の連なりに穴が穿たれ、最後には全くの沈黙が表面化する。「少年たちの、睦み合うのが映って、い、て、甘さ、を、残した、吐息、に、曇る、視界、ときおり、混じる、震える、音、……」。

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