自由詩時評 第43回 福田拓也

 ホッチキス綴じの22ページの紙片から成る藤井貞和の『東歌篇――異なる声 独吟千句』(反抗者出版、2011年9月25日)は、主に3.11の震災についての短歌群を集めた連歌形式の詩集となっているが、著者による「終り書きの試み」にあるように、「現代詩の発生」として読まれることをも欲しているようである。実際、3.11の震災体験を書いた独白的な部分などは、独白と定型との距離を常に意識しつつではあるが、575…という韻律にこだわらずに自由詩として読めそうである。「JRは― 動いているか。ここにして/聞えてくる放送 巣鴨駅/一旦は― 止まるだろうか。再開は?/動きだしそうな気配がなくて/地下鉄でゆこう、駅まで見に行こう/しかし街中がパニックなのでは?/でかけないほうがよいのか?携帯が/つながらなくて、不安のつのる」

 とは言え、この詩集が定型詩から成っている以上、また藤井がこの詩集の少し前に『うた ゆくりなく夏姿するきみは去り』(書肆山田、2011年8月6日)という短歌や「うた」についての詩論を再録した詩集を刊行していることを思えば、『東歌篇』に於いても、3.11の震災とそれに伴う日本の政治的状況という極めて今日的な主題と共に、日本古来の「うた」のあり方が問題になっていることはありそうだ。『東歌篇』に於いて、「うた」と3.11の震災について語ることはどのように結びついているのか?

 3・11の震災については、震災による死者たちへの「鎮魂」や「喪」という方向から語るというやり方がひとつあるだろう。実際、その方向で書かれた詩や文章は数多くあった。『東歌篇』もまた同様であり、そこには、津波に呑まれた死者たちの「異なる声」が語り出す、80年代の「朝潮の力」を思わせる美しい詩行がある。「波間から取り出せなくて、風だけが/はいっていました。USBメモリー/入力のしかた、壊れたぼくのイーメール/から送る。海の奥より」。このような詩行に、折口信夫的な意味での「たまふり」としての「 魂」、「魂の方法としての」「うた」を見ることもできるかもしれない。「魂の方法としての唱へ言がうたで、其を唱へてゐると、たまが寄つて來て密着する、[……]」(「上代貴族生活の展開」)。

 しかし、もし地震・大津波による死者たち・被災者たちには言及しながら福島第一原発の事故には触れないとすれば、そのような位置の取り方が、国家官僚から政治家、大銀行・大企業を経て、学会やメディアに至る利権・省益構造、そして国防の名のもとに核ミサイル燃料の製造を試みヒロシマ・ナガサキの核爆発を再び日本で実現しようとする(そしてそれはフクシマ第3号機の核爆発で実現した)一部の者たちの反復強迫の企てる現今の異常な程の情報操作に加担しかねない危うさを孕んでいることも否定できない。『東歌篇』は、「日本近代」(「東北の福島びとのうえを過ぎ/かすめ去りゆく 日本近代/過ぎ去りて、かえりみざらむ。近代の/神々をわれ 見送らんとす」)のみならず戦後詩とも決して無縁ではない(「ラララ科学の子」)原発やそれを巡る「国の犯罪」(「戦場を言うなかれ、われ。戦争を/思わず。これは― 国の犯罪」)について、小出裕章、肥田舜太郎、広瀬隆、武田邦彦らごく少数の良心的な学者や作家へのオマージュも交え、徹底的に語り歌うことで、そのような危うさを避け得ている。「いもうとのウラン、名前に刻みつつ/あやうき虚偽となる 半世紀/あこがれの未来を、ラララ科学の子/戦後に誇る 産業ののち」「放射線量、すでに越え、この国が/こうして滅ぶことを学んだ」「心萎え 脱原発の声終わる/玄界灘(げんかいなだ)の火を稼働する」「仏陀よ。給え、微笑(ほほえ)み。もんじゅ ふげん/菩薩の名なり。微笑むべしや」「意図ありて神話をなせり。原子力/安全白書、防護システム」「骨 皮に、臥したるペット。傍隅に/横たわる牛。むごたらしさを/『許されてよいはずがない』― 激しかる/湧く怒り、助教小出裕章が/過疎地を犠牲にして、もうこれ以上/これ以上。京都大学助教の叫び」「もう長くない時間を、好きな人と/『一緒にいるのがよいでしょう』(小出) /何度でも言うぞ。原発を燃やすたび/劣化ウラン弾の材料を産む」「行き向かう、若き日の肥田舜太郎/爆心の地を起点に据えて/老朽の原子炉いくつ いつまでぞ/広瀬、武田ら、声 惜しまずに」「原子力ムラ、社会学修士論文/ちからを揮う開沼博」「高濃度、それとも劣化、二つに分けて/選択肢。爆弾にする?原電にする?/原発を燃やせば燃やすほど、ひとごろし/爆弾でイラクの兵を殺した、わたし」「トイレ無きマンションみたい、って言われてる/一室に っんこおしっこ。四十年間」

 『うた ゆくりなく夏姿するきみは去り』に再録された文章で、藤井は「うた」の「『訴え』説」を否定しているが、私は、『東歌篇』のこれらの詩行に折口の言う「うた」の「うつたふ」(訴える)力が機能していることを感じる。折口によれば、「うたふはうつたふと同根の語である。訴ふに、訴訟の義よりも、稍廣い哀願・愁訴など言ふ用語例がある。始め終りを縷述して、其に伴ふ感情を加へて、理會を求める事に使ふ」(「國文學の発生(第四稿)」)。「下から上に對して、自分の境遇・意志を理會してもらふ事で、愁訴・哀願する義がある」(「萬葉集講義」)というこの「うつたふ」という行為の向けられる相手が、古来からそして『東歌篇』に於いても、天皇であることも不思議ではない。「日本国陛下 あなたが沖縄の地へ/早くからゆかれたことを評価するなら//願うのだ。われら、東京二十四区として/皇居地をとわに『福島特区』にせよと」「英邁な天皇がいま求められるか/もし陛下 この建言を受け入れるなら//わが生のさなか まさかに見ることになる/英邁な天子が東京を去る。まぼろしか」

 「詩は実践的真理を目的としてもたなくてはならない。」ロートレアモンは書いた。チェルノブイリであれば「移住義務地域」に相当するはずの福島市や郡山市に人が住んでいるという事実が端的に示すように、国民を犠牲にして賠償を切り詰めつつ原発再稼働・輸出を目指すというこの国のどうしようもない現状と極度の情報操作に特徴付けられた言説状況を踏まえて原発事故を主題として選択することもまた詩の実践であろう。そして、「目的」としての「実践的真理」は、定型の秘める「うつたふ」力を用いることにより、より効果的に言語化されるだろう。原発事故を中心とする3.11の震災を連歌・旋頭歌という定型を用いて書くことにより、『東歌篇』は、実践的詩と定型の秘める「うつたへ」・「たまふり」としての「うた」の融合を果たしている。

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