戦後俳句を読む(11-1) ―テーマ:「秋」― 三橋敏雄の句 / 北川美美

淋しさに二通りあり秋の暮

秋は夕暮れ。「秋の暮」は、日本人の美意識の根源ともいえる壮大な季題である。

格調高い三夕(さんせき)といわれる「秋の夕暮れ」の歌(*1)が収められた『古今集』(平安初期)では、時間とともに物がうつろう「悲しさ」を秋の夕暮れに詠んだ。そして『後拾遺集』(平安中期)以降には、

さびしさに宿を立ちいでてながむればいづくも同じ秋の夕暮れ 良暹『後拾遺集・秋上』
秋はただ今日ばかりぞとながむれば夕暮れにさへなりにけるかな 源賢『後拾遺集・秋下』

と、秋に淋しさを強く感じる歌がみられるようになる。そこに「無常」「幽玄」という美意識が後に加わっていき、日本人はなんと高貴な民族であることかと、千年もの昔がありがたい。

「わびしい」「さびしい」という感傷から発展した「侘(わび)」「寂(さび)」は利休・紹鷗により美意識に。さらに江戸・蕉風俳諧では創作理念の骨格となり、貧窮・失意に精神的余情美の深まりを求めたのである。ちっぽけでみすぼらしいものに美しさを詠んだ。

此道や行く人なしに秋の暮 芭蕉
去年より又淋しいぞ秋の暮 蕪村

ちなみに「淋」に「さびしさ」の意があるのは独特の用法で常用漢字は「寂」のみ。俳句では「淋しい」という表記が好まれるようだ。

とにかく「秋の暮」は古くから悲しく淋しい伝承の季題である。

此頃はどうやら悲し秋のくれ 子規

新興俳句弾圧以降、敏雄は、師である白泉、そして青鞋とともに古俳句研究に興じた。白泉を顧みて敏雄は「常に俳句形式の成果を歴史的に見通してみずからの表現力の進展をはかろうとする、かねてよりの思いに従ったまでであったと思う。」(「俳句とエッセイ」昭和58年)と語っている。

白泉の「秋の暮」を引いてみよう。

向ひ合ふ二つの坂や秋の暮 白泉
谷底の空なき水の秋の暮 

そして敏雄自身も先人へ挑むような「秋の暮」の句を詠んだ。

木の下に下駄脱いである秋の暮 『青の中』
縄と縄つなぎ持ち去る秋の暮  『まぼろしの鱶』
秋の暮柱時計の内部まで
石塀を三度曲がれば秋の暮  『眞神』
先人みな近隣に存す秋の暮  『疊の上』
あやまちはくりかへします秋の暮  『疊の上』

上掲句、「淋しさに二通り」の句が作られたのは、1982(昭和57)年。『疊の上』に収録。同年に『淋しいのはお前だけじゃない』(西田敏行主演)という人情ドラマが人気だった。戦後の復興を遂げ、物が溢れ、豊かになったはず国が、どこか「淋しい」。人は我武者羅に生きながら、「淋しい」という言葉に、あぁ淋しいと気が付かされた。

歌詞に「淋しい」「不幸」という言葉が多用される、かの阿久悠の1993年のコメントに、「歌が一番大事なのは、こんな不幸な目にあって悲しいということではなくて、不幸のちょっと手前のね、切ない部分がどう書けるかということが、僕は一番大切なことだと思っているんですよ。」というのがある(*2)。「淋しさ」という言葉が、人の心を動かし、豊かで便利な世の中が、少し淋しいこと、ということに人々は気づき始めていた。日本人のDNAの中に「淋しいことは美しいこと」という螺旋が組み込まれているのかもしれない。

その「淋しさに二通り」とは、相反する二つの「淋しさ」のことと解する。「理由のある淋しさ」「理由のない淋しさ」、「ひとりでいる淋しさ」「人といる淋しさ」、「お金のない淋しさ」「お金のある淋しさ」だろうか。秋の淋しさを突き詰め、うつろいゆく人の心に世の無常観を詠んだと解釈する。

「あやまちはくりかへします」の句は、掲句の二年後、1984(昭和59)年に作られた。「あやまちはくりかへしませぬから」と論争に発展した原爆慰霊碑の言葉を連想する。うつろいゆく秋に、あやまちはいつか繰り返されるかもしれないという、これも世の無常観がみえる。「秋の暮の淋しさ」を研究し、無常の世を見てきた人の句である。

現在の日本に「清貧」という言葉が再び価値ある言葉として扱われている。諸行無常。「秋の暮」に凝縮された日本の情緒が伝わる。敏雄の句を通し、無常ということについて想う2011年の秋の夜である。


*1)三夕(せんせき)の名歌 『古今集』

さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ 寂蓮
心なき身にもあはれはしられけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ 西行
見わたせば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 定家

*2)阿久悠の歌詞には確かに、「さびしく微笑み…(ラストシーン)」「私はなぜかブルーさびしい…(ギャル)」「おまえさん雨だよ、さびしいよ…(おまえさん)」など、「さびしい」が頻繁に登場する。

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