戦後俳句を読む (25 – 1)永田耕衣の句【テーマ:虫】/池田瑠那

寂しさをこぼさぬ蠅の頭脳哉

 「夢の世に葱を作りて寂しさよ」(『驢鳴集』)「無限感とは無限に寂しい快感である。」(『山林的人間』)等々、耕衣の句にも散文にも「寂しさ」の語は頻出する。それ程昆虫好きではない筆者からすると、その「寂しさ」の器として蠅の頭脳が持ち出されるのには、いささかぎょっとする。そもそも、蠅に高度な思考を行う「頭脳」などあるのだろうかとも思う。

蠅に、頭脳は、恐らくない。だが耕衣にとって寂しさとはいわゆる頭脳から生み出されるのではなく、もっと生命に肉薄したものであり、「(『サビ』という概念に纏められる以前の)肉体的哀感」(『二句勘弁』)を伴うものである。となれば肥大した頭脳を持つ人間よりも、寧ろ蠅の方が――寂しさをこぼすことなく確と生きているのかも知れない。蠅の祖先は人類誕生のはるか前、三畳紀(約2億5100万年前~約1億9960万年前)には既に地上に出現していたという。また、蠅といえば死肉に群がる性質もある。蠅の頭脳には、2億年分の地上の生老病死の記憶【メモリー】が「寂しさ」となって蓄えられているのではないか。蠅の羽音が、寂しい、寂しい物に思えて来る。(昭和五十九年刊『物質』より)

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