神戸文学館にて「攝津幸彦シンポジウム」開催(2012年9月8日)/大橋愛由等

『Melange』通信より

九月に神戸文学館で、俳人・攝津幸彦に関するシンポジウムを開催します。

タイトル★《「俳句ニューウェーブ」の旗手・攝津幸彦を読む》
  日時★2012年9月8日(土)午後2時から午後4時まで
 参加者★中村安伸(俳人)、 岡村知昭(俳人)、堀本吟(俳人)、大橋愛由等(俳人・詩人)
 参加費★資料代200円

攝津幸彦(1947~1996)は、1970年代から1980年代にかけて俳句界に大きな刺激を与えた〈俳句ニューウェーブ〉の一翼を担った俳人です。

今回のシンポジウムは、世代の異なる俳人が参集して、攝津の作品を再読し、語ることで、攝津の俳句世界をもういちど2010年代の今に再設定しようとする試みです。

攝津の生まれは、但馬〈兵庫県養父郡八鹿町〉なのですが、西宮市に住んだことがあり、関西学院大学で学びました。関学在学中に、学友伊丹啓子(俳人・伊丹三樹彦の長女)の誘いで、関西大学俳句研究会機関誌「あばんせ」を始めるなど文学表現のスタートは関西だったのです。

俳句作品は、幼児体験に根ざしたとうかがわれるものがおおく、関西弁を使った句など、ユニークな実験を重ねている。関西で戦後に隆盛を誇った「(関西)前衛俳句」の潮流の最後に現れ、赤尾兜子、林田紀音夫らと交流、前衛性と伝統性をあわせもった戦後生まれの俳人として位置づけられます。

また、松山の学生俳句連盟の大会で、坪内稔典、澤好摩らをしり、やがて坪内らと「日時計」「黄金海岸」等の同人誌活動をはじめます。関学卒業後は関東に移り住むのです。東京では、戦後世代の同人誌「未定」に参加。まもなく同人誌「豈(あに)」を創刊して、仁平勝、大井恒行、大本義幸らとユニークな俳誌に育て上げます(今回のシンポジウム参加者は全員「豈」同人です)。

句集は、『鳥子』、『與野情話』、『鳥屋』、『鸚母集』、『陸々集』、『鹿々集』。

死後に『攝津幸彦全句集』、『散文集俳句幻景』が編纂され、そこには未完句集四五一句と未定稿句集が収められる。ポピュラーなテキストでは『攝津幸彦選集』(2006年・邑書林)があります。

死去する一年前に阪神・淡路大震災が発生。攝津は震災に関していくつかの作品を残していて、そのうちの三句を紹介することにしましょう。

 手の内をいくつもみせぬ春の地震
 そして神戸そして学友朴散りぬ
 比類なく優しく生きて春の地震

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