春脈 亜久津歩
夢見てはならないことがないのなら―
泣きながら名を呼ぶ夏の夜明け前
くぼんだ胸をひらくと(然るべき別れ
腫瘍のような閨がふくらむ
なまぐさい紙の上
おまえのかたちに臥せたまま
霧雨の午前十時の腕まくら(などなく
しとど濡れる桔梗に ふやけた窓に(大切に
ほつり浮く爪痕は美しいのに
つけた傷ほど花ひらくのだ
わたしの灰を聴きとれそうな燃えかたで
(たいせつに後悔して
雪の椅子エンドロールは夜にふる
ならばいちめんの白布を祈るいとけなさよ
懸けられた月日を素足にとざし
腐葉土の怒りのように
しずかな しずかな春を立ちあがれ
(います)
「われらは言葉の器あるいはクオリアの車輪
旋律のための洞と像のための軸をもつ円筒
であろうといのちが吃るたび溢れるように
誰に愛されず何も選ばれなくとも詩がおり
世界を軋むことができる。ささやかな地平
を裂きさなぎのように孕む飛躍を曝すとき
喉もとの歌の悲痛をもう産声とまちがうな
わたしを濾過するただあなただけの雷鳴を
愛されるよう産んであげたい