みなみの空とそしがや温泉 横山黒鍵
ひとつ、おちて
ひろうての影はふるえる
ひとつ、おちて
そしらぬ風をまとう背中
「せなにおつふゆのひかりの
とじられたものをひらくには
するどくつめたいものがひつようと
そうかたるようで、黙
おいかけてばかりいた
せののびる 樹木のような速度
目のあたたまりかたが、まぶしくて
ひとつ、おちた、ひろった
ひろがるのは波紋ではなくて
微笑みとその象徴であって
「ほしぞらをとかしたやうな
切りそろえた前髪がすこし邪魔になってきたね
僕の影が朽ち葉でいろどられる
やわらかな指を、そっと
その指は、いつまでやわらかくいられるのだろうかと
手紙の枚数をかぞえた
かいたもの、かかれなかったもの
そのすべてが、
おいつけず、ふるい落とされていく
「としあけのたよりにふれるゆきほどけ
にぎると壊れそうだったその指は
けれど
あたたかく したたかに開いて
まぶしいと太陽をさえぎるのだ
影がおちる、ひろう
そうして
祖師谷には温泉があるんだよ
すごくあったまるんだ
お湯がね、まっ黒いんだ
しょっぱくて 涙とおんなじ味がした
百万年も前の雨水が湧き出してきて
それは、もしかすると夜空が溶け出したものかもしれなくて
いまあなたの空に瞬くものを想像させるのだ
指をひらいた
ふやけたゆびは とても白くて
ふふふと笑った
ひろうもの、ひろわれるもの
かすかにおちる影が ふるえる
「ゆふぐれをあつめたやうななんてんの
それは風がすこしだけ
ゆうよをくれたやくそくのひかり
きっとさえぎって
そしてまた ふふふと笑う