(水の奥処へ……) 斎藤 秀雄

(水の奥処へ……) 斎藤 秀雄

水の奥処へ多くの私が移ってゆく
いつか私と呼ばれることになる諸断片
まだ私になっていない未私
奥処――何にとっての?
いくらかは底へ沈み
いくらかはこなごなにほどけて散ってしまうだろう……。
底――何にとっての?

水の多くの領土
水蒸気になりかけている水
氷になりかけている水
粘性をそなえた水
浮かんだり沈んだり混じったりできない
速度の線が水の領土を区別して抑え込んでいる
速度の線のみがあって上下はないのかもしれない

未私はなかばほどけた布のような断片
ほつれた織物、多くの繊維が織られたもの
さまざまな繊維、ナイロンの糸、ガラスの糸、骨、リボ核酸
ゆるい織り目を水がとおる
繊維がゆるんだり緊ったりする
ゆるんだ繊維が別の繊維とまた織物をなす
ほどけた繊維はほとんどどこかへ消えどこかに沈殿する

断片はそれぞれが知覚である
或るひとつの断片は引用である
「骨のむらがりしげきところを胸とよぶ胸の林は出づるかたなし」(山中智恵子『夢之記』)
この骨の織物が他のいくつかの断片と繊維を共有し
いつか私と呼ばれる林をなすときに
暗号化は完成する……解読不能なものとして……。

花守の杖つどふれば沖ふたつ

断片の織物はよくなじまぬままにもつれあう
衝突した機械がそのままひとつの建築物となるように。
ひとつひとつの織物は
のちに私と呼ばれるものになじむことがなく
異質なままに体内化されることになる
リボ核酸の繊維は
機能をあらかじめ規定できない領域を含んでいる

別のひとつの断片はこのような引用である
「ル。地平に一挙にたたせる紙の円筒」(崎原風子『崎原風子句集』)
私が世界をみるならば「紙の円筒」が立つだろう
リ。やル。がみえることがあっても
この引用の「ル。」はみえ方をコード化しているのではない
「ル。」は規定できない領域である
知覚にまぎれ込んだ地平の向こう側である

海に塔ふたつ向かいて響きあうあまた四劫を見送りながら

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