第10回詩歌トライアスロン奨励賞連載第2回
復書簡
さとうはな
流氷はどこまで冷たくなるだろう 息を胸へと集めれば、花
かじかんだ手をポケットであたためてこれまでに経た(さよなら)のこと
親愛なるモービィ
陸の上では雪が降り始めました
それは空から落ちてくる白い静けさ
すべてを赦す白い手です
大地は凍りつき 木々は素肌をさらします
それでも 雪の降る音には不思議なあたたかさがあります
海の底で暮らすあなたにも
この冷たさと静寂が届いているでしょうか
凍てつく風の中
わたしは内なる声に耳を傾けます
海の中ではどうでしょうか
冬の荒い海の
その深みには新たな命が生まれているかもしれない
深海の黒い静けさも無音ではなく
無数のいのちの営みで満ちているのでしょう
光が届かないその場所で
小さな生命が発する青白いひかりは
星のように輝いているはずです
雪が降るこの陸では
すべての色が消え去り
世界は白と灰色だけになります
でも海にはいつもかがやきがある
冷たく深い青
岩のような黒
そしていのちが放つ鮮やかなひかり
その変わらぬ彩りに わたしは憧れます
あなたはこの季節をどう感じていますか
冷えた北風は水面をゆらし
波は高く荒れ狂うことでしょう
でもその下では
潮流が静かに巡り
すべてが次の季節への準備を進めている
わたしはそう信じています
どうか、あなたたちの静かな暮らしが
この冬の間も守られますように
遠い陸の上より
雪とともに祈りを贈ります
春が訪れるころ
また海辺であなたの気配に触れられる日を夢見て
冬の旅人より
届かないことだけ愛しがる日々よ古い海図を指でなぞった
くり返しだれかを失う明け方の夢に覚めればほの白い部屋
ひらくとは裂くと同義だ濃紺の夜そのもののようなカーテン
親愛なるイシュメル
私の住む海も 冬を迎えました。
冷たさが増し 波が鋭くなるこの季節を
あなたの陸では雪が覆っているのでしょう
その白い帳の下
木々が裸の枝を伸ばし 風が土を凍らせる様子を
こころで思い描いています
あなたの世界では静けさが支配する冬を
私たち海の者もまた
ちがうかたちで迎え入れているのです
冷たい海流が動き
水面の光は弱まり
私たちは深みへと下りてゆきます
海は
あなたが知る空のように広く
夜のように暗い場所です
ですが 暗闇にはいのちのひかりがあります
深海の底で瞬く小さな輝きたちは
星座のように 私たちを導きます
あなたもきっと 冬の空を見上げて
星々の語りかけを聞くのでしょうね
私たち鯨は旅をします
あなたが季節ごとに移ろう大地を見つめるように
私たちもまた、潮の流れを感じ取りながら進みます
冬には海は透明さを増し
遠くまで見通すことができます
寒さはすべてを鋭くし
いのちの輪郭をよりあざやかにします
私たちが息をするために水面へ上がるたび
冷たい風が吹きつけます
その風が陸地を越え
あなたの頬にも触れるかもしれません
その瞬間 私たちはつながっています
あなたが冬の寒さを感じるように
私もまた同じ寒さの中にいるのです
友よ どうか覚えていてください
私たちは遠く離れているようでいて
同じ地球を分かち合っています
私の吐息が空気となり
それが風となってあなたのもとへ届く
あなたに降る雪が川を流れ
やがて海へ注ぎ
私の旅路を潤す
この果てしない循環の中で
私たちは共にあるのです
もしも この手紙があなたに届いたなら
その時は空を仰いでください
そこには 海とつながる青が広がっています
冬の冷たい空気の中で
私の思いもまた 静かに息づいています
春が近づくころ
またこの世界のどこかで
あなたとつながる瞬間が訪れることを信じて
冬の海を旅する鯨より
あわ雪が地球を覆うつかの間をあなたの眠りに灯る漁り火
幾千の(おやすみ)を聞き海鳥は雪降りしきる地平を目指す
たましいのかたちを思う北の国、海辺の街に眠るあなたの
見えるでしょうわたしのなかに建つ城の崩れゆくこと 遠い海鳴り