いただきだ   宮尾節子

いただきだ

いただきだ   宮尾節子

書かれてない詩は
なんて詩いいだろう

こうして書き出す前のわくわく
して胸のなかに宿ったばかりの詩は

書いてはいけない、と留める思いに
抗いながら、だけどこうして書き始めてしまう
サガを許してほしい
今日はすばらしい日だった
何があったかというと、じつは特別なことは
何ひとつなかったのだけれど

ただ図書館に行く前の
ランチタイムで立ち寄った新しいレストランの
お寺の参道と登山道が重なったとびきり
木々の緑がたっぷり借景となっているガラス張りの
窓際の円形カウンター席に座って
運ばれてきたママゴトのようなミニプレートの
食事を口にしながら、見上げた窓の外の晴れた空と心地よく風にそよぐ
木々の葉を眺めながら、わたしは得も言われぬ高揚感に浸っていた
秋空は青く青く左手の楓と思われる木の緑の葉先はわずかに赤く染まり
すでに紅葉の始まりを見せていた

そんな昼の光景を思い出しながら
今日一日の陽差しをたっぷり吸って芳しい布団に包まれて読んだ
村上春樹の新刊の短編集の中に出てきた彼の詩の一行
「いただきだ」に撃ち抜かれていた
おととい国会前の抗議フェスで読んだ「グッバイ」という自作詩と
呼応するように それは昼間の高揚感に輪を掛けた
「おしっこに血が混ざっていますね」
夜の国会前のシャウトで体がすっかり冷えてしまったせいか
翌朝は熱っぽく体調が優れず下腹が痛んで「何か無理をしましたか」と
女医のことばを聞いていた

書かれてない詩は
なんていい詩だろう

世間は月末の解散総選挙の投開票を目前に沸き立っていた
政権交代を目指す野党のカラーも
晴れ渡った秋空の青で
もしやの
希望をもたせて見せたが
野党寄りの大新聞の世論調査の結果では早々と
政権与党の単独過半数が赤々と染め抜いた棒グラフで
紅葉気分を伸ばしていた

天井まで清々しく突き抜けた円形のガラス張りの窓から見た
楓の木の葉先をわずかに染めた紅葉のはじまり
国会前でおととい読んだ詩の「グッバイ」ということば
そして、ランチタイムにとつぜん訪れた胸の高揚感と突き抜けるほどの多幸感
そして、寝床で読んだ村上春樹の詩の「いただきだ」ということば
「おしっこに血が混ざってますね」とアップルウォッチした女医のことば

「今日は死ぬのにもってこいの日だ」というプエブロインディアンのことば
のその今日が
今夜のように、思えてがばっと起きだし

書かれていない詩は
なんていい詩だろう

それを書き始めるとは
なんて愚かなことだろう
と知りながら、まだしくしくと痛む下腹と
熱っぽい体を起き上がらせて
こうして書き始めている

高いガラス張りの窓からきっと誰よりも
早く見つけた秋の 高い楓の木の葉先の赤い紅葉のはじまり
国会前の「グッバイ」村上春樹の
「いただきだ」
楓の葉先の赤は、紅葉の兆しを
「おしっこに血が混ざってますね」
下腹の鈍い痛みは、たぶん将来の致命症の予兆を
世論調査では単独過半数が赤い棒グラフを伸ばし続ける
それでも、わたしの「グッバイ」に応える
村上春樹の「いただきだ」

書かれてない詩は
なんていい詩だろう

グッバイ、
いただきだ

もってこい、の
こんな「上等な日」のために、詩を生きる
おしっこに血が混ざっても

もってこい、
たとえ
詩に血が混ざっても

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