台風前夜、ぼくたちの肖像   岩倉文也

  • 投稿日:2018年09月01日
  • カテゴリー:短歌

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台風前夜、ぼくたちの肖像   岩倉文也

生き方はたくさんあってベランダにすり潰された蝉がころがる
ほんとうはだあれも好きじゃないことのきらきらと陽に透かす手のひら
またなにか望んでいるねアパートの部屋にはゆめの遺跡があって
今日もまた誰もが死者に似てるから服の皺まだ伸ばせずにいる
暮れ方の波にはどんな音もなく音信不通にいつかなりたい
台風がちかづく夜のひとり寝のかみさまは詩をかくひとが嫌い
なんてことないのに夜が長いから手がきれいだと自分をほめる
眼を開けてどこでしょうここは壊されたパズル、地球儀、セーラームーン
たまに笑うひとりで笑うわらってるぼくも天使になってみたくて
どこにいても雨音とおく聞こえててここは天国だったのかもね
雨の音 風おくる音 音はもうまぼろしだからいつか会えるよ
乾かないタオルがあってその中のひとつが運命と呼ばれてた
クーラーを止めてと誰も言いださない死んでる人の髪がきれいで
ドアに風ぶつかってるねもう誰も来ないから光ってるね ぼくたち
トーマスの顔がこわくて泣いていた押入れにたぶん誰か住んでた
蛍光灯しずかに狂いぼくたちは生きているから海へ行かなきゃ
デジタルの時計がしめす午前二時やわらかい終末の幕開け
燃えている画集にお湯をそそいでくみんな手遅れだからやさしい
あいされて育ったねこの肉のようアスファルトにうずくまる人たち
苦しくて苦しまぎれに買ってきた詩集読まずに街へ繰り出す

岩倉文也
1998年、福島県福島市生まれ。
2018年、「ユリイカの新人」に選ばれる(選=三角みづ紀)。
同年、毎日歌壇賞を受賞(選=加藤治郎)。
第一作品集『傾いた夜空の下で』が青土社より9月20日発売予定。

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