夏の龍宮 もしくは私の短歌の中で生きてゐる私が
私の俳句や私の川柳や私の詩の中でも同じ私として
生きはじめるとき私は漸く私が詩の越境をした実感が
できるだらうと思ひながら選んだ十首 荻原裕幸
十薬匂ふ湯の沸きはじめの音がするこの世の時間しづかに進む
ひとを食べ尽くした夏の正門が閉められてこちら側の寂しさ
赤ペンのひらがなひらくはつなつの進研ゼミは恋まで諭す
夏の空には私のこゑもしみてゐて半世紀のその青を見てゐる
遠い夏の朝のピアノを聴くやうに過ぎてゆくその船を見てゐた
枇杷の下には何が棲むのか呼んでみる静寂よりも静かな声で
次はリューグーつて聞こえた名鉄のドアがひらけば夏の龍宮
わりと本気で雲に乗りたい八月の午後がとてつもなく寂しくて
無いよだけど在ることにしてコメダする夏の終りの男女の友情
何処からか音だけがして八月のこの世には降ることのない雨