大学院抄   寺井龍哉

  • 投稿日:2018年11月03日
  • カテゴリー:短歌

113A

大学院抄   寺井龍哉

空あゆむ巨象の群れの溶けゆきて雲となりたるのちに眼をあぐ
秋晴れや机上ひとつを片づけてから出るといふことができない
君の頬あかくわが手のしろきかな二次会の話題おほかた無視す
言はれればいつでも泣ける表情に深夜の坂をくだりくだりつ
孤独といふもの転がりて後ろ手に触れたり今は茄子のつめたさ
複写機のひとつひとつにともる灯を夢に見きまた目のあたりなる
夜をかけて文字ならべられたるのみの資料ひかれりひかるまま捨つ
書庫の鍵のながき鎖を小春日に回すさながら宍戸梅軒
愛のみに待つにはあらず柱廊に干さるる靴の赤と黄と黒
時計塔の時計は見えぬ並木にて八犬伝をふたたび読みき
夜をはしる大型バスの胴腹のふるふがごとく生きたかりけり
道の駅ひときは声のおほきかる老婆なだめて一座なごみぬ
滑走路と呼びても嘘でなき路よ いましばらくはひとりの暮らし
このさきもそんなには変はらないだらう茱萸坂にそのひとを誘はむ
桐箪笥われにその背を見せぬまま六年むとせを経たり、あいや七年ななとせ
矢を受けて乱るる隊伍わが胸にとどまれるまま逢ふために起つ
ちやん、ちやんと声をかけあふ少女らの手に手に赤きコカコーラ缶
人を待てば光あふるる秋の河 なにを忘れしゆゑのあかるさ
狡猾になれよと言へりかくわれに言はしめて雲ながれゆくなり
空とほく呼びかはしつつ生き来しに友らつぎつぎ倒るる枯野

寺井龍哉(てらい・たつや)
1992年生。歌人、文芸評論家。2014年、評論「うたと震災と私」で現代短歌評論賞受賞。
月刊「現代短歌」(現代短歌社)にて「歌論夜話」を連載中。
短歌ムック「ねむらない樹」(書肆侃侃房)編集委員、石井僚一短歌賞選考委員。

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