椅子 亜久津歩
――背後が云った(あるいは鳴った
「発話せよ」
ノンフィクションの言葉のように重奏的なゆめからさめて
。
遺体のやうな夜を横たへ
あをみたる雪はゆつくりゆつくりふる
わたしが少女だつた頃あなたは怒りだつた
明くる日の泥はなめらかで
今にも逝けさうにおもはれた
、
階段のうらに階段春の雨
それともこなごなの虹
あなたが夕映だった頃わたしは濡れた欄干で
靴をそろえる夢ばかり見た
かなしみばかりきらめいていた
、
その羽はよろこびの鱗のように剝がれ落ち
ふるえる翅をわらわせた
誘蛾灯いつかは光さすほうへ
、
遺すべきことなく透けるガラスペン
清澄な濁りは白く にくしみは
憶えているための椅子、
立ちあがることもできぬまま、
怒りのように歩くのは、、
かなしみのように産まれ、、
よろこびのように果てるため、、
仰ぎみるまなうらを貫くふかき夢
あをみたるまぶたを月は撫でにけり
。
おはよう モルヒネの花が満開よ
木陰の私へ腰掛ける亜久津歩のオブジェ
苔生す指は日時計よりも幽かに軋り
温む軌跡を奏で始める――