行く人来る人 今井恵子
約束の場所に待てども人あらず約束したかどうか疑う
遅れると電話きたれば安らかに立ちつくし待つ人の来るまで
突風のごとく過ぎ行くものたちを見ていき駅の壁に凭れて
文庫本を膝に開きて静かなる老婦人の前にわれは立ちたり
いちまいの栞とともに挟まれて誰が手の影ぞ明治短歌史
はらはらと記憶はがれてゆく夜を青々とあり亡き人の声
外壁をつつうっと下りゆく雨の話せば話すほどに遠のく
みずからの臭いをかいでいるようなやりきれなさが行間にたつ
銀色の自転車 速度をはやめたり夕闇坂の夕やみの中
暮れ残る時雨ののちの川の辺にヘルメットありありて動かず
作者紹介
- 今井恵子(いまい けいこ)
1952年、東京生まれ。1973年、「まひる野」に入会し作歌を始める。「音」[BLEND]を経て、2006年より「まひる野」に復帰。
歌集に、『分散和音』『ヘルガの裸身』『白昼』『渇水期』『やわらかに曇る冬の日』。歌書に『富小路禎子の歌』。編著に、『樋口一葉和歌集』。