春暦 中村梨々
僕が撮った写真の場所へ行ってみたいときみが言うので
オレンジの皮を剥いて半分に割ってかぶりつきながら、
汁が落ちるよ
写真の色が変わる?
少しはね
汁、落ちなくても変わる?
少しは、ね
写真が変わっても、現実は変わらない?
変わらない、かな
嘘つき
現実が変わっても写真は変わらないさ
まず機材をうつし人をうつし機械をうつし、資料をうつ
しスリッパやトイレットペーパーをうつし日陰と日向と
人の気配をうつしうっとうしいな横殴りの雨と吹き曝し
浮かび上がるもの浮かび上がらないものはこすってみて
血管を探すのとにかく流れてないと生きていられないか
らね、流れを強く差し出す 夕日をうつし部屋の隅と隅
を合わせるようにきのうをうつし終えれば長い日暮れと
共に帰って来るたくさんの足音が今日でもきのうでもな
いところに行こうとしてぶつかる明日、腕と腕、あ、ご
めんなさい、と笑顔もうつし終えたコンクリートの壁が
剥がれ空中に広がる病室 どんないのちも開け放されて
いく。鉄骨のようなあばらを見せて 日に焼かれ雨に濡
れ薄くて軽い桜の花びら。舞い込み、積もっていく。
あそこにもう一度土がならされ新しい植物が根を張って
また桜の花が咲くかしら 前を向いたままのきみの横顔
が過去から未来へ一定に流れる生きている きみの匂い
開け放されたきみの 変わらないねわらうときには舞い
散る 積もったはずの死は束の間 足元を抜け言葉が淵
に沈んだあとで僕は今宵 また一枚の日付けをめくる。