日録 入沢康夫さんに 森川雅美
あなたの足が静かに渡っていく
あなたの視線が静かに渡っていく
はじまりはいつでもばらばらだけど
たくさんの人たちも一緒に歩いていき
火だったり光だったりあまりに根に近い
ほうれん草ややかんたちも賑やかな歩行で
立ち止まった足元からはいつでも暖かく温む
そんな旅の巡りもあるのだと気づいた姿勢
のまますでに軽く透き通りかけていくと
語っているのは誰かという疑問さえも
ひとつの時間だったのだと奥に灯る
あなたの波間が静かに渡っていく
あなたの煙が静かに渡っていく
あなたの風音が静かに渡っていく
はや違う人たちの歩みになるけれど
失われたかたちたちももう水辺に届き
立ち止まり名前を告げるにはすでに緩い
和歌や紀行文たちすらも着いてくる歩行で
立ち止まった足元からはいつでも暖かく温む
幸せ不幸せだねっていつまでも思える姿勢
もあるから常に次の歩幅の途上なんだと
ぎりぎりの均衡を誰かの内側に漂うも
もはや誰にも縛れない意識が過ぎる
あなたの音律が静かに渡っていく
あなたの凪が静かに渡っていく
あなたの作者が静かに渡っていく
まだ続くはるかな逆旅の途上なれど
闇の内から歩行の後かすかな光は響き
失われた言葉の囁きをも身に着ける脆い
はじまりの底にまでまだ辿っていく歩行で
立ち止まった足元からはいつでも暖かく温む
途切れない無数の同行者の足取と同じ姿勢
になり声にすれば古びた偽の名も輝くと
空気にも似た見えない何かになっても
まだ違う知らない時間をさかのぼる
あなたの言葉が静かに渡っていく
あなたの空が静かに渡っていく