第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載 フールプルーフ 何村 俊秋

第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
フールプルーフ
何村 俊秋

一行目、ぼくははっきりと生まれ損なうだろう
八月の空を、真っ逆さまに落ちていく記憶……
いくつもの腕、腕……ぼくに伸べられた白い腕
けれどもその腕が、ぼくをつかまえることは、ついぞないまま……

…………

(夏休みのばあちゃん家だ

       粘土の案山子たちと

蔦の絡まった通学帽が  (何を育てている畑だろう
    
    三つ、四つ……

       用水路を流れていく銀のラジオに

 (アンテナは立ったままだが  小さなバスの営業所から

   水のぬるんでいく音のとなり

         (まばらな足跡に影が染みて

   それとも、一片の紙が
     醒めぎわで見逃した夢……?

なぁ、ばあちゃん……さっきから、引っ張られとる感じ、するけど

もう軒先の、そこんとこまで、来とりゃあすから……

…………

*       *       *

オオカバマダラという蝶がいる。なかでも北アメリカに生息するその大群は、春から夏に
かけて、 約4000 キロメートルもの距離を北上することで知られている。しかし、この大
移動は渡り鳥などの「渡り」とは大きく異なる。というのも、この長旅は三から五世代に
も及ぶ、命のバトンを繋ぐことで成し遂げられるものなのである。したがってそれぞれの
個体には、連綿と続く世代の遺志が受け継がれていることになる。蛹から孵った瞬間その
翅はすでに、目指すべき空を知っているのだ……

           (きらきらと畳のにおいがする

      虹色の影をかすめて   蜜柑を垂れ下がった皮から

(扇風機の青いプロペラへ  逆行するカタツムリたち

(飛行機雲に曳かれながら

 床下の雷鳴  熱で捲れていく回覧板を見ていた

ずっと、遠いむかし
ぼくたちは腕のみの、生き物だった
左腕と、それからやっと右腕があるくらいで
前も後ろもない
ひどくシンプルなつくりの生命だ
(したがって過去や未来も
 当然、存在しないことになる)

*       *       *

一匹のオオカバマダラが、群をはぐれてしまった、
そこに意図と呼べるメカニズムが働いていたのか、
運命と呼べる機序が見て取れるのか、それは誰が、
どうして、決められるのか……オオカバマダラは、
ただ、そうあるべくして生きて、次の世代の子を産んだ

だから、ぼくは青空で生まれた

……なぁ、もう、立っとれんかもしれん

立っとらんでええ、立っとらんで  無理せんと引っ張ってもらやぁ、

縁側の下までねぇ、もう、満ちてきとるで……

空がずっと下のほうまで満ちてきて
隙間なく敷き詰められた真っ青な声

かえってなぁんも聴こえんほど、しずかだったなぁ

どれだけ見渡しても

じっと見つめてみても

見尽くすことのかなわない八月の空

──いま、

ぼくに伸べられる (あるいは、  いままでに

伸べられてきた  (いくつもの、腕の

(あるいは、  これから伸べられる

であろう (白い、 ひかり  (あるいは、

たったひとつの腕の  (白いひかり (腕の

白いひかり

    あるいは──

      あるいは──

ここは、

────息をするには、

         広すぎる

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