自由詩時評 第2回(森川雅美)

残酷な緑の中で 森川雅美

四月は残酷な月だ
(April is the cruellest month)

 あまりにも有名なT・S・エリオットの一行から書き始める。

 この一行から始まる、「荒地」が、発表されたのは、一九二二年。その三年前まで、ヨーロッパは五年間に及ぶ、第一次世界大戦の戦場となった。人類史上初の世界大戦で、戦車や毒ガスなどの大量殺戮兵器が使われ、九〇〇万人を超える犠牲者となった。

 四月は緑が目に生えて美しい。

 美しさとは、その背後に喪失があるとき、実に残酷なものとなる。肉親、友達、恋人、多くの親しい人たちが死に、それらの人たちは二度と再び、この緑を見ることはできない。いわば緑は死んだ人たちの喪われた夢だ。生きてここで緑を見るということは、何と残酷なことが。喪ったものが大きければ大きいほど、そのような感情は深いだろう。

 第一次世界大戦から見れば、ごく少ない数ではあるが、ついいひと月ほど前、私たちも何万という命を喪った。そしてその数倍の人たちが、放射能によって徐々に命を削られている。

 先日、恵比寿の公園で福島在住の詩人和合亮一さんの朗読を聞いた。皆が輪になって囲む形で、朗読は行われたが、私はその輪の中にいることに、何か違和感を感じて、少し離れたベンチに座って聞いていた。輪になって朗読を聞く人たち。子供たちが遊ぶ。弱い風が吹き、午後の光を反射する葉が揺れる。和合さんの声が途切れ途切れに聞こえる。「福島」「原発」「地震」いくつかの言葉が耳に入る。和合さんの声が激しくなる。

余震はなこの辺の犬が全部吠えるんだ!

 明らかに怒りを含んだ声だ。緑は相変わらず美しい。

四月は残酷な月だ
 (April is the cruellest month)

 その時、ぼくの中に浮かんだのはまさにこの一行だった。残酷なのは死んだものではなく、生きてここにあることなんだと、いう気持ちが同時に湧いた。そして、言葉を喪ってはいけない、今こそ詩を書くべき時だと、怒りにも似た感情が溢れだしてきた。

 もちろん、地震や津波、原発事故について直接書くことではない。経験者がすべて優れた作品を書くとは限らないが、そのものについて書くことは、ある程度の技術を持った経験者の作品に叶わないだろう。被災者の本当の苦しみは、被災者でない私たちに分かるはずがない。「皆が一緒になろう」「被災者の痛みをわがこととして受け取る」などの言葉を聞くと、その無神経な傲慢さに呆れてしまう。

 では何を書くのか。

 現在、私が仕事をしている場所には、中庭がある。いくつかのテーブルが置かれ、樹が茂り弱い風がふき光が射す、穏やかな空間だ。しかし、そこにはガラスの天井あり、床はタイル張りで、樹は1メートル四方の四角柱に入れられた、土に埋められている。風は人工のものだ。雨は降らない、土に汚れない、蚊や蝿はいない、鳥の糞も落ちてこない。まさに快適に創られている。しかし、ここには人以外の命がない。循環が絶たれているのだ。葉はむなしくタイルの上に落ち、土に返ることはない。

 そのような空間に立つと、私はどうしても、あの津波のあとの風景が重なってしまう。見渡す限り瓦礫の山で、いるのは人だけの風景。そして、私たちが平和に生きているこの時間も、一皮向けばまさに「荒地」なのだ。

 私たちはすでに体の内に「荒涼」を抱えていた。

 だからこそ、被災者ではない人たちまでもが、今回の地震に必要以上の不安を、感じたのではないか。もちろん、原発の不安はある。とはいえ、多くの人たちの地震に対する過剰な不安には、それだけでは説明できないものを感じる。そして、その内部の風景や不安を正確に描くこと。そのことが現在と対峙する言葉になるだろう。

 今号の「現代詩手帖」は、「震災特集」だが、あえてそこからではなく、詩手帖賞を受賞した、2人の新人の作品を引用して、文章を閉じたいと思う。

ここではいってきたニュースです。芝浜リバーサイドの中心から流れ込むおしゃべりの声音の変化にご注意ください。これは推して敲いて確かめることができます。敲く角度は下町創業140年三代目の目つきです。(ブリングル「ニュースの時間です」)

一方、その頃盆栽地下鉄の線路の幅を測定するのが趣味だという擬人化された業務用マヨネーズの容器に大袈裟なマスターベーションをさせてみる雰囲気に浸してみたら、(榎本櫻湖「コントラバスの下痢便に塗れたバス停でのポリフォニー」)

 地震が起こり津波が起こり原発は事故を起こした。地球の反対側では、戦争が起こり多くが虐殺されている。私たちは現在、このような地球に生きている。これらの言葉は理屈ではなく、感覚として、その空気を呼吸している。言葉は荒涼とカタストロフを巻き込んで、より遠いパラダイスへと進んでいく。

 自分の足元から書くしかない。

執筆者紹介

森川雅美(もりかわ・まさみ)

詩人。1964年生まれ。

「詩歌梁山泊~三詩型交流企画」「44プロジェクト~同人詩誌販売ネット」各代表。「酒乱」「ムジカ」同人。詩集に『流れの地形』『くるぶしのふかい湖』『山越』『夜明け前に斜めから日が射している(近刊)』(すべて思潮社)がある。



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