



第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門奨励受賞連載第3回
「もしも」の話をするのはやめなさい
さとうはな
海は寝室の、わたしたちの足元まで届いていた
話しかけるたびにあなたは姿を変えて
ときには鳥だったり ときには鉱石だったり
あるいは聖書の一頁だったりした
人間として生まれていなかったら 何になっていたか、なんて途方もない話をわたしたちはくり返す
もしわたしが花だとしたら 咲くまえに発火したい
いちばんきれいな瞬間を だれにも見せないままに朽ちたい
燃えるとき花は内からひかること あじさい色の眠剤を手に
月に虹がかかるというのは、たぶんなにかの喩えだ
たとえば水のなかではひかりはゆっくり進む、というような
学校で習ったようなことばかり 書物の中に見つけて
満足したようにあなたは翅をたたむ
そう そのときあなたはちいさな白い蝶だった
硝子のように透きとおる鱗粉がしずかに舞う
わたしたちはおしゃべりをやめ、波の音に耳を澄ました
影が伸びると、窓辺には銀色の糸が絡まり
とおい記憶の断片が
木洩れ日のような光が
なぜずっとふるえ続けるのだろう
幼いころは 海岸の砂の粒より宇宙の星の数の方が多いということが信じらなかった
今もまだぼんやりと信じられない
「もしも」の話をするのはやめなさい だれかがやわらかく言う
あなたではないあおい蝶が不意に現れて舞い上がる
蝶はわたしたちの知らない道を知っている、そのことだけは分かった
それがとおい記憶へとつながる場所なのか
それとも手をつないで親密な気持ちになったことで
わたしたちはしずかに、慎重に歩いてゆくしかなかった
時折、足元の砂が柔らかく沈む
しあわせの鳥を探しにゆくのです あなたとわたしどちらがミチル
わたしたち姉妹のように生きましょう塩クロワッサンを等しく割って
だって砂の数は数えられるでしょう でも星の数は数えられない
砂の粒だって数えられないわ 星は、だって、一晩かけたらきっと数えられるじゃないの
「もしも」の話をするのはやめなさい だれかがやわらかく言う
砂浜に座ると、ふたりともまた海の部屋にもどっていて
あなたは膝に古い聖書を載せたままうとうとし始める
眠りとは生まれることのつづきだから
眠るたびにすこしずつひとは原初へと後退する
だとしても海岸線が変わるほどの永い時間を
天頂に 水平線に 海のなかにさえ
星は瞬きやまない
もしわたしが星だとしたら 流れ星になって海の底に沈みたい
海の底から 水面を 空を 千年の間、ながめていたい
死ぬことも生きゆくことも春の夢
これまでの叶わなかった夢などを教え合おうか 夜明けがきれい
終末は信じていない膝をつきふたり分け合う蜜入りりんご