



第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
リカージョン
何村 俊秋
チューハイの缶にストロー挿して春
ひっそりと梅とは梅の力かな
寝返りに少し浮きたる春炬燵
ほんとでもうそでもなくてしゃぼんだま
蜆汁あざとき闇は沈みけり
生きるほど意味不明なり雪柳
龍天に登るメグジのアブラマシ
ぶらんこの光よぶらんこの風よ
春の日やだあれも口は開いたまま
瞬間と瞬間の間を紋黄蝶
一枚の陽炎が世を遊びけり
いつかきっとぜんぶ忘れて春の山
昨年、ちょうど梅の花が咲き始めたころ、埼玉県毛呂山町の「新しき村」を訪れました。武者小路実篤が中心となって開いた無階級・無搾取、自他共生を旨とする村落共同体です。畑作や養鶏など一日六時間・週休一日の義務労働さえ果たせば衣食住が確保され、残り時間はすべて「自己を生かす」ための芸術活動などに充てられたそうです。嘘か本当か毛沢東に影響を与えた理想郷とも言われています。現在は、村外会員の方々の芸術作品、実篤作の絵画・書軸・詩、それから村の機関誌などが展示されています。正確な文言は忘れてしまったのですが、いつか誰もが午前中のみ働くだけで豊かに生活できるようになると心から信じている……といった実篤の力強い言葉を機関誌で目にして、思わず胸が熱くなりました。土産に詩集や論集を何冊か買いました。
近年は村の運営が経済的に困難であるらしく、私が訪れた際も村内生活者は二世帯のみで、空き家や廃墟が目立つ状況でした。ありていに言えば、村の理想は新しすぎたのかな、それとも……。
* * *
村の外れに、鉄くずの巨大な塊が横たわっていました。よく見るとそれは鶏舎の廃墟であるらしく、嵐か何かで建物まるごとぱったんと倒壊してしまい、そのまま放置されているようなのです。
春風や今新しきままの夢
施設の方に許可をいただけたため、村の様子や作品など、何枚か写真を撮らせていただいたのですが、あるとき泥酔した勢いでスマホを初期化してしまって、データがすべて飛んでしまいました。けれども梅の季節になって、自然と村のことが思い出されたのです。ぺしゃんこになった廃鶏舎は、まだ残っているのでしょうか……。