(葛の花) 中本道代
葛が廃屋を覆ってのび拡がり
葉の重なりのあいだから沢山の花房がのぞいている
壊れかけたあばら家
その陰に佇むあなたは もう死んで久しい女(ひと)
そんなふうに顔をそむけて何を想っている?
虫や蜥蜴の死骸が棄てられている庭
鳳仙花の種が弾けて
花びらが風に滲んでいる
遠い海で嵐が渦巻くのが感じられる?
草木はあなたのまわりでいっそう黙ったまま
石段を上り下りするだけの蟻にも
あまい葛の花の匂いは降りそそいでいるか
決して作り出すことのできない水溶性の匂い
この石段であなたは不意に死へと歩み入って
みな散り散りになってしまった
雲が飛ぶ空はなま暖かく
一瞬の夏が眩んでいる
あなたの顔貌は歪み はっきりとは見えず
うすい着物が歳月に汚れ
子宮にまだ生まれていない子が目を瞑っている
愛した日々を忘れられないの?
だれかが還るのを待っているの
廃屋はあなたを囚えて朽ちていくのに
葛の花はあとからあとから咲き崩れ
赤紫の小さな花弁が足もとに散り敷いて
休むことなく 時が経っていく