自由詩時評 第31回 金子鉄夫

 ここ最近、肝っ玉がある良い詩集に出会った。山崎純治の『通勤どんぢゃら』から、

「夏至」

排泄し終えたばかりで
ヒクヒク蠢いている
穴もある
通勤電車に乗り込む男たちの
なまなましい粘膜が
等間隔に規則正しく並ぶ
コンクリート壁
垂直に切り出された
JR十日市場の線路脇で
舗装道路の深くから
硬質ビニールパイプの排出口に
じくじく途切れぬ汚水
藻類や苔の塊が盛り上がり
褐色の穴を曝して
単葉植物の尖った葉を
執拗に噴き出し
穴から浸み出た老廃物は
短く切り揃えた毛髪の先端に
中年男の汗になって
背広へ何滴か垂れ落ち
口から涎を引いて
ゆがんだ顔が深く埋もれ
もう戻れないから
寝苦しい裸のまま
ビニールパイプを流され
コンクリート壁の排出口から
ついには頭を突き出し
まどろんでしまう

 詩集に載せられた作品は、比較的、短いものばかりなので、全文、引用してみたが、ここに展開された世界は、あまりに日常だ。しかし、示された印象的な情景は決して、普段はあまり気にすることない「歪な」日常である。「排泄し終えたばかりで/ヒクヒク蠢いている/穴」すなわち肛門か。その痙攣する肛門のまま「通勤電車」に乗り込む男たちの(やはり、この詩集はタイトルが『通勤どんぢゃら』だけに通勤の描写が多い)、「なまなましい粘膜」は「規則正しく並ぶ」。モワッとした臭気が立ち上ってきそうな濃い行運び。

 ここには夏至の爽やかさはない。あるのは、殺伐さえ感じてしまう日常。「じくじく途切れぬ汚水」、「藻類や苔の塊が盛り上がり/褐色の穴を曝して」、普段は常人が見てない「歪な」日常である。確かに電車の窓外から見えてしまう細部を気にしてみれば、このような線路脇の風景を見てしまったりする。常人なら目を背けるか無意識にでも回避してしまう風景である。だが、山崎純治は、こんな風景だって紛れもない日常だぜぇ、と、いささかグロテスクな言葉選びによって淡々と描写する。「穴から滲み出た老廃物」は、「中年男の汗に」なって、何気ない日常に「歪な」日常は、糸をひいて粘ついて離れないまま「もう戻れないから」というやるせない響きを発して「まどろんでしまう」。

 山崎純治自身は、あとがきで「日常の向こう側を書き下してやりたい」と書くが、僕はやはり『通勤どんぢゃら』自体から感じてしまうのは「日常の向こう側」などではない。

 書かれているのはメルヘンなど微塵もない、紛れもない日常である。「歪」に、ひっそりと佇んでいる日常、それを山崎純治は、視点をずらしていきながら暴き出す。

いきなり後頭部を殴打され
 プラット・ホームから
 コマ送りのようにゆっくり
 転落する
 顔が見える

「この暴力的な」より抜粋

 そう。いつだって人々は「いきなり後頭部を殴打され」る日常を生きている。でも、人々はいつだって、このような場面に出くわすのは他人だと思っている。山崎純治は、そんな他人事を鮮やかに、という言い方は間違っているかもしれないが、暴力的に言葉を動かしながら書ききっている。このような手法は真新しくはないかもしれないが、山崎純治は「現代」を危うく「夢」を見てしまわない確かな視線を持って生きている冷静な詩人だとおもう。

 

べったり沈んだ屋根の群れ
高速道路が伸びるずっと向こうまで
隙間なく埋め尽くし
そこから這い上がってくる男たちの
朝は鈍く重たい

「リピート」より抜粋

 あまりに日常だが鈍く重たい情景。山崎純治は、この情景を引き摺りながら、明日があると少し、うなだれながら続いていく日々をグネグネ、蛇行しながら生きている。

 そこには、ある種のひらきなおった清涼感さえ感じさせる。

 また一冊、大切にしたい詩集が増えた、とここまで書いて、もう一冊、野村喜和夫の『ヌードな日』を取り上げたいとおもったが、そちらは前回、はるかに知的で、示唆に富む文章を福田拓也氏が書いているので、くわしくはそちらを参考にしていただきたい。

 

 しかしである、野村喜和夫、噂では還暦を迎えたときくが、老いて(失礼)ますますなんとやら。『ヌードな日』は、艶のある肉感的であり過ぎる曼荼羅のような脅威のテキストである。山崎純治とは対照的な詩のあり方だが、両者には通ずるものがあるとおもう。両者とも言葉のボディーに対する鋭い嗅覚ともいえるべきものを携えながら、山崎純治は淡々と、野村喜和夫はあけっぴろげに言葉を存分に暴れさせている。(まさに暴動ノススメである)

 この、二冊の詩集はこれからも何度となく僕は紐解いてしまうだろう。

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