世界の新しい地平線では花が咲いている ブリングル
昨日取り壊されたビルの名前を今日はもう
覚えていない。
壊されたビルの跡地で重なるように影法師
たちが増殖を繰り返す。更新された世界の
新しい地平線では花が咲いていて、その色
を影法師が食んでいる。
ビルのない街角、影法師がかしこに映る赤
信号はわたしによそよそしいけれど、ほん
とうに怖いのは点滅する青信号。向こう側
を眺めためらうわたしの少しだけ遅い決断
の足。わたしたちはここにいるよと地平線
で震え出す花
、を摘むけれどそれは手向けのためじゃな
くて明日あなたに歌い聞かせるわたしの罪。
ねぇ綺麗でしょ?あんな風に根こそぎがと
ても綺麗でしょ?ためらいもなく行くのが
作法なの、と胸張って歌い上げるわたしの
罪に浸した指。
あのビルを壊したのはわたしの指だったか
もしれない、誰か別の指だったかもしれな
い、違ったかもしれないしそうだったのか
もしれない。(と繰り返しながら更新する)
綺麗な指をしていたのだけ覚えている。寂
しがりやで節の細い指
、が舌先にかすかに残す残像。記憶の先で
開けたのか地平線。わたしの地下でさざ波
が起きる境界線
、は涙をたたえている。だからあれは地平
線じゃない、水平線。超えて見つける新大
陸。はあるの?ないの?名前はあるの?た
どり着けるの?(と反復運動を繰り返す。)
伸ばした指が目の前の水差しを倒した。
刻まれていた水難の相。交差する感情線。
わたしはまだ向こうへは渡りたくない運命
線。過去は水に流しましょうか。トイレの
レバーを大へひねる。
ビルは消え、蘇らない。まだ何も建たない
荒れた地面をなぞる。傷はたったひとつた
どることのできる証。思い出せない記憶が
欠伸をして寝返りを打った。
やっぱり花を手向けましょう。
作者紹介
- ブリングル
第49回 現代詩手帖賞
「モーアシビ」「ねこま」「おもちゃ箱の午後」「喜和堂」「ルピュール」
詩集「次曲がります」(土曜美術社)
アンソロジー「中高生とよみたい日本語を楽しむ100の詩」(たんぽぽ出版)
新詩集 思潮社より8月刊行予定