ピアニシモ 高坂明良
雨の予感
また延びた生命線の切っ尖に心臓ひとつ動かしている
今に降る雨の予感に打たれつつトランペットを構える夕べ
今はもうなんにも言わず夕暮れに梨を剥く君を見ている
あるいは永遠あるいは刹那 金銀の刻をきざんで君とワルツを
そんな時 ふり返ってよぼくが居たベンチに君も腰をおろして
雨音を遺し雨粒たちはただ間違いだらけの染みをつくった
エイジに
あの夏を忘れやしないぼくたちは風しか知らぬ薄羽蜉蝣
クレッシェンドに追っていたっけ水辺には飛沫せる音ばかり満たして
三人が三つの輪っかそれぞれに創って勝手に踊っていたね
おれは何処へ奔る電車よ止まらずにその駅はおまへその駅はきみ
すべて夢やさしく統べて戸を開けて君らに「やあ」と手を振っていた夢
また秋が来る
ピアニシモ、ピアニシシモ、これ以上黙って消えたりなんかしないで
蚊柱は燃えあがりつつ一匹の蚊は蚊を忘れ加わってゆく
それはもう涙であった一群を飛び出た一羽の行方不明は
意味のない永遠だね十月の雲の履歴を語っておくれ