「かよわい愛とほろにがい愛についてDADAが宣言する」より トリスタン・ツァラ(塚原史訳)
Ⅴ
それは実在するように見える。もっと論理的で、とても論理的で、あまりにも論理的で、それほど論理的でなく、ほとんど論理的でなく、ほんとうに論理的で、かなり論理的だ。
ところで、結論を出したまえ。
——出しました。
今度は、記憶の中から、あなたがいちばん好きな人を呼び出したまえ。
——そうしたでしょう?
好きな数を言ってごらん。当たり籤(くじ)を教えてあげよう。
(『ムッシュー・アンチピリンの宣言——ダダ宣言集』光文社古典新訳文庫、2010年)
1896年にルーマニアで生まれたトリスタン・ツァラは、反芸術運動ダダの創始者として知られる詩人です。
彼の最初の「ダダ宣言」は1916年にスイスのチューリッヒで発表されました。
その2年後、「DADAは何も意味しない」という有名なスローガンを含む「ダダ宣言1918」によって、言葉と意味の分離を過激に推し進めるダダイスムの方向性が決定づけられます。
ここに紹介した宣言は、さらにその2年後、彼がパリに移住した後の1920年に発表にされたものです。
全体は16の章から成り立っており、別の章には有名な《新聞紙をカット&ペーストする作詩法》や、「思考は口の中でつくられる」という重要なフレーズ、275回繰り返される「吠えろ」という語、などが見られます。
紹介した部分は、どちらかというと地味な、もしかするとあまりダダらしくないパートといえるかもしれません。
けれども、私はこの章がとても好きです。
1行目の「それ」は何を指し示しているのしょうか。
ダダのことでしょうか。
あるいはタイトルにある「かよわい愛とほろにがい愛」のことでしょうか。
「それ」が何なのか、論理的なのか非論理的なのかも判然としない混乱がまずは提示されています。
その次にくる「ところで、結論を出しなさい」が絶妙です。
そして、何よりも重要な次の部分。
「あなたがいちばん好きな人を呼び出したまえ。/——そうしたでしょう?/好きな数を言ってごらん。」
一方的に怒鳴り散らす大きな声、意味不明な声がダダ宣言の基調になっている中では珍しく、ここには二つの存在の間に明確な対話があります。
ここで対話している存在とはなにものでしょうか。
人と人との対話ではありません。
あえて言うならば、文と文とが対話している。
それゆえにこれはやはり正統なダダの詩と言えるでしょう。