日めくり詩歌 俳句 高山れおな (2012/02/16)

六十四番 和音

露むすぶ声かグノーのアヴェ・マリア 津川絵里子

右勝

窓を楽譜に春雪の 夜想曲ノクターン 上田日差子

当句合せ二十番(七月二十日アップ)は、関根誠子、長谷川照子の二人が相次いで『浮力』というタイトルの句集を出したのを機縁とした回であった。その折、『浮力』以外にも共通のタイトルを持つ句集の例をいくつか挙げて、探せば他にもたくさんあるだろうと記した。そこには挙げなかったが、津川絵里子の『和音』(文學の森 二〇〇六年)と上田日差子の『和音』(角川書店 二〇一〇年)という例もあったのである。

関根、長谷川はお互いの句集名を知らなかったはずだが、津川の本は俳人協会新人賞も取っており、上田はおそらく承知の上で同じタイトルにしたのであろう。前回にも述べたように、タイトルは著作権がないし、「和音」というのは平凡な二字熟語だからオリジナリティの問題にも関わらないからそれでいいとして、むしろそのように複数から望まれる言葉に託された無意識のようなものが気になったりするのである。というのも、ここのところ立て続けに、「浮力」という語を使った句に出会ったのですね。

藻の花の白さに浮力ありにけり 上田日差子『和音』
水桶の両手に茄子の浮力かな 赤瀬川恵実「汀」創刊号
湯の柚子の色香に浮力ありにけり 大関靖博『五十年』

関根、長谷川の表題作を含めれば五句になるし、控えをとりそこなっただけで他にもあったように思う。「浮力」という言葉、日常生活でも滅多に使わないし、とりたてて俳句的な用語とも思えないのだが、筆者程度の目配りでこのくらい視野に入ってくるということは、あるいは最近のはやりなのだろうか。気分が沈みがちな世相だからこその浮力、そんな機微が無いとも言いきれまい。さて、その上で「和音」なのだけれど、その言葉に込めた思いは上田が句集あとがきで記している。

「ランブル」は結社として十三年目を迎えることができた。歳月の早さは言うまでもないが、多くの方々の支えや協力があってこその歩みである。その感謝の念とこれからの希望をもこめて、句集名を『和音』とした。

上田の句集にも津川の句集にも、じつは「和音」という語を用いた句は見当たらず、津川は集名の説明もしていないが、やはりおおむね上田がここで述べているような、人や自然との調和の希望をこめたとするのが常識的な解釈であろう。ところで、話題のアンソロジー『俳コレ』(邑書林 二〇一一年)には、津川も入集していて、片山由美子が作家小論を寄せて次のように述べている。

津川さんを見ていると、伝統というものはすぐれた作家の出現によって更新されるのだと確信する。(中略)彼女のような俳人によって、俳句は時代の求めるものを加えつつ、脈々と引き継がれてゆくのだ。(中略)俳句の世界は混沌としてきたが、津川さんの作品を読んでいると、未来は決して暗くないと自信をもって言える。

片山にとっての俳句世界の混沌とは、他ならぬ『俳コレ』をも含めての数年来のアンソロジー出版やネットメディアの活況の結果もたらされた新世代の台頭を指しているに相違なく、その動きに少しばかり加担してきた一人としては何やら申し訳ない気分になる。片山には願わしかった俳句界の平和に(別の人たちから見るとそれは沈滞だったのだが)、和音ならぬ不協和音が持ち込まれてしまったということであろう。ただしその混沌は、俳句の世界の外側を覆う大状況に根を持っているのだから、流れとしてはどの段階で顕現するかだけが問題だったはずである。津川はたしかに片山が言うごとく優秀なので俳句に「時代の求めるものを加え」得るだろうが、「彼女のよう」でない俳人の中にも同様の資格を持つ者がいることは言うまでもない。

さて、左右の掲句。すでに述べたように、二冊の句集とも「和音」の語を読み込んだ句はないのであるが、さすがにそういうタイトルを付けるだけあって、ものの音、人や鳥の声に敏感な句が、通常の句集より多い印象は受けた。ここでは直接に音楽とかかわる語が使われている句で揃えてみた。句集全体を比較すると、巧緻さや洗練味では津川の方が勝っており、情の厚みで迫ってくるのが上田という印象を受けた。掲出二句に関しても、詠み口は津川の左句の方がさらりと巧みであろう。「露むすぶ声か」なんて、なかなかこう格好良くは決められないものである。対する上田の右句は、窓という枠組を楽譜に見立て、さらに雪の降るさまを「夜想曲(ノクターン)」に譬えるなど、いささか重くれて野暮ったい。しかし、野暮ったさゆえの力というのもまたあるのであって、この場合は右句の方が胸に食いこんでくるように思うのだが。春の雪のぽってりと水気を含んだ白い影が、しんしんと降るかと思うと時に風に吹き乱され、窓ガラスにべたべた貼り付いたりする。そんな夜の光景に、見入るともなく見入っている眼と心の実在感。その点を多として右勝ち。

季語 左=露(秋)/右=春の雪(春)

作者紹介

  • 津川絵里子(つがわ・えりこ)

一九六八年生まれ。鷲谷七菜子、山上樹実雄に師事。「南風」所属。

  • 上田日差子(うえだ・ひざし)

一九六一年生まれ。上田五千石に師事。一九九八年、「ランブル」を創刊主宰。

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