自由詩時評 第24回 小峰慎也

2冊の詩集

この夏、2冊の大切な詩集を持つことができた。

服部葵『ぜんぶ耳のせい』(ふらんす堂)をいまあらためて読んだ。

 ことばをかいたことはかいたけど
 いったいおまえはかいた気がするのかといわれれば
 黙するよりほかない
 ことばをかいたことはかいたけど
 ことばはまだ出ていないといわれれば
 うなずくほかない
 ピアノをひく人があるとき
 ベートーヴェンとドビュッシーを例にとった
 くっきりしたラインがベートーヴェンにはあるのだといった
 その声をおぼえている
 わたしは少しずつ意味を問わなくなっただろうか
 池のほとりで
 男がかがみこんでいる
 なぜここで火の番をしているのか
 焚火から薄く煙がながれる
 と思うと炎が上がってあかい火の粉がとぶ
 男は燃える火を見つめている
 火に照らされながら涙をぬぐう
 どういうことなんだろう
 おそらく
 とわたしはこたえを出そうとする
 するとひきとめられる
 あの男はたまたまあそこでああしている
 ほんとうだ
 男はこんどはプラスチックのボートをこいでいる
 と思うと池からあがりボートを頭にかぶり
 ちらっとわたしたちに視線をなげると
 林の中へ入っていく

(「意味を問わなくなっただろうか」全篇)

『ぜんぶ耳のせい』の魅力を要約的に書きたい気持ちに駆られるが、できそうもないので、この作品だけのことを書く。

 最初の6行、この出だし、いい。と思う。ともかくはじまってみるということが起こっているのだけど、何かを書いたが書ききれていない、その気持ちが、他人の声に応ずるかたちで書かれる。書ききれていないというのは、他人の意見なのか、それとも語り手の気持ちなのか、語り手がうずくように感じていた「何か書ききれていない」という感じをひとに指摘され、それに対する反抗の気持ちを持ちながら「うなずくほかない」と思っている。

 このあと詩は、読めない展開になっていく。「ピアノをひく人があるとき」と唐突につなげられるが、最初の部分とのはっきりしたつながりはわからないままだ。さらに、そのピアノの挿話が終わったあとにまた唐突に「わたしは少しずつ意味を問わなくなっただろうか」と続けられる。タイトルにも使われているこのキーワードがそのあとの男の挿話の急所になってくる。火の番をし、ボートをこぐ男が、意味をあえて抜き取られることで、謎を濃くし、鮮烈な印象を与えられている。そこがこの詩の眼目であり、大きな魅力になっている。そう思う。

 だが、(さっきもいったけど)そこまでの展開が妙なのだ。最初の6行には、このあとで出てくる、「わたし」のことばではないな、と思わせるところがある。ここは、「作者」の地声である、そんなふうに。いっていることにはっきりしたつながりがないうえ、最初の部分には主語がなく、あとには、「わたし」と書かれている。いったい何が仕掛けられているのか。音楽的な直感で書かれた。といってもいいが、わからない。わからないが、何かを解決しようとする心と、それを解決してはいけないという気持ちが、この詩を展開させた。どちらの気持ちが「いい」というわけではない。男を印象的にすることで、「問わない」心が勝利したかにみえるが、それはたぶん、いまは、偶然、そこへ出てしまったということなのだ。だが、それは「ただの偶然」でない。自分の声と他人の声の間で、納得しなかった心がたどりついた偶然なのだ、と思う。(2011年10月9日)

 福間健二『青い家』(思潮社)は、次々と感想を呼んで、おさまりがつかなくなる。

 この詩集の作品が、詩集におさまる前の段階。個人的な納得になってしまうが、ぼくは、「泥」→「あらしの季節」→「静岡」という流れに、福間健二のひとつの達成を見ていた。それはたとえば、

     (流れる雲 カレーライスが
おいしいよ)
(「泥」より)

 

 でも、がんばりすぎないでね!
(「あらしの季節」より)
 

 こんにちは。
(「静岡」より)

 

というような箇所に集約されて現れている。これは、感触でいえば、「福間さんの声で、福間さんがけっして口にしないようなことばが書かれていることのおかしさ」というようなことになるのだけど、実際には、なぜそんないいかたが出てきたのかということが、詩集作成後の「達成」の中身になる。

 ぼくは、補助線を引きながらその「なぜ」ということを思いめぐらしてみた(SNS「なにぬねの?」2011年8月17日)。たしかな解答を出せたわけではないが、ぼくは、たとえば、あることを伝えたくてこういういいかたをしてみた、けど通じない、じゃあ、別のいいかたをしてみるよ、ということのあらわれ、と見たい。「別のいいかたをしてみるよ」という、ことばの選び方はこの詩集全般でとられている姿勢で(同じ題材がかたちをかえて書かれているところに端的にみてとれる)、多くの人がいっているように、500ページ近くもあって、圧迫感がないという印象は、そうしたコミュニケーションのとり方から来ているのだ。そして、これが重要と思うのだけど、そうした結果、福間健二が福間健二の声でいいそうもないいいかたにまで到着してしまったのである。これが一つ思ったこと。

 今日は別のことをもう一つだけいいたい。詩集以前の「達成」から詩集以後の「達成」への筋道の一方で、おそらく、福間健二のなかで、詩集以前の「達成」の執着を捨てるという動機がはたらいた。「あとがき」にもあるように、詩集『青い家』は、「どういう詩集を作るか、何度も頓挫した末に」できたものだという。独断的な思い込みでいってしまえば、この『青い家』を作るということは、詩集以前の「達成」を、もう一度、海に戻す、というようなことだったのだろう。そうして帰ってきたものは、最初に釣り上げたものよりはるかに大きい、予想外のもの、海そのものだった。「達成」を「戻す」ということがなければ、「戦争がはじまった日」も「当山さんのこと」も「わたしたちの冬」も帰ってこなかったかもしれない。「美術の時間」も違う姿のままだっただろう。(2011年9月23日)

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