自由詩時評 第51回 福田拓也

 「震災詩」の書き換えであると考えられる高岡淳四の「目を瞑り耳を塞がないと前に進めなかったのです」(『現代詩手帖』2月号)という詩は、どのような道徳的非難、そしてどのような命令を前にしての弁明となっているのだろうか?表題作を引用してみよう。

よく、この時期に東京に来たなと言われます
できることなら来たくないと思いました
東京の交通が麻痺して引っ越しできないということになったらいいと思いました
三月十一日に地震のじの字も感じなかった福岡から
福岡育ちの妻と子供二人を連れて
何が悲しくて、きっと本当は放射能が降り注いでいる川崎に越さなくてはいけないのでしょうか
せめて家族だけでも残して行くべきかなどとも考えたのですが
家が売れてしまっていたのです
子供が父親と離れ離れで暮らす心理的な害と
家計が二重になる経済的な害、があわさった害と
川崎に降っているに違いない放射能が子供たちの健康に及ぼす害の
どちらが大きいか、考えるのも億劫になり
四月からの仕事が待っている場所にやってきました
妻と子供たちもずるずると付いてきました
目を瞑り耳を塞がないと前に進めなかったのです

 これらの詩行が前提している非難・命令は、「よく、この時期に東京に来たな」とあるように、「福島第一事故直後にわざわざ福岡から放射能汚染された川崎に引っ越してくるとは何事だ。引っ越して来るべきではない」というようなものだろう。あるいは、もっと簡潔に言えば、「自分と家族の身を守ることを第一に考え、首都圏の放射能汚染を避けよ」という命令だろう。このように、何らかの命令を踏まえているという形式の点に於いてだけは、この詩はいわゆる「震災詩」を模倣しているようだ。しかし、この命令が他の多くの「震災詩」で機能する命令と異なるのは、この命令は震災による死者たち・被災者たちの「他者」の位置への据え付けを伴っていないし、したがってそれに背いた場合、何らかの「他者」からの非難を想定してはいるものの、少なくとも震災による死者たち・被災者たちの据え置かれた「他者」の場からの道徳的非難はない、ということだ。逆に、「自分と家族の身を守るために放射能汚染を避けよ」という命令に背いて放射能汚染された川崎に越して来てしまったことへの弁明を重ねれば重ねるほど、その執拗な弁明が川崎の居住に適さないほどの放射能汚染を当然の事実として踏まえていることにより、「首都圏の放射能汚染の深刻さについて語るな」という命令の擬似ユダヤ的他者論的粉飾に他ならない「他者の他者性・単独性・唯一性を尊重しつつ語れ」という命令に背くことになり、「他者」の場からの道徳的非難・攻撃(実は、首都圏が居住に適さないほどに放射能汚染されてしまっていることを明確に言語化したことへの非難・攻撃)を喚起するという風に高岡の詩は書かれている。放射能汚染についてそしてそれを引き起こし今後も引き起こし続けようと目論む「日本」と呼ばれる諸連関について明晰に語らないための「震災詩」の命令であり「他者」の場からの攻撃であったはずなのに、ここでは、命令を踏まえるという「震災詩」の形式だけは踏襲しつつも「震災詩」特有の「語るな」と言う命令をまさに震災についての詩的言説が抑圧・排除しようとしていた「放射能汚染から身を守れ」という別の命令にすり替え、その別の命令に背いたということを口実にし、それに対する弁明という形を隠れ蓑にして、「震災詩」を含む震災を巡る詩的言説が抑圧しようとしていた「首都圏の居住に適さぬほどに深刻な放射能汚染という明白な事実とそれから身を守る必要性」という思考・推論を徹底的に言語化してしまっている。そして、そのことにより、「福岡から川崎に来たくらいのことで何を泣き言を言っているのか!震災による死者たち・被災者たちのことを考えよ!」という恫喝の声とその「哲学的」翻訳である「他者を尊重しつつ語れ、でなければ黙れ」という命令・非難の声を呼び起し、放射能汚染とそれを引き起こし引き起こし続けようとする日本的システムによる言論統制を露わにすることすら狙っている。ここに高岡のこの詩の卓越した悪意と批評性がある。

 このように、高岡淳四の詩は、命令的表現、震災による死者たち・被災者たちの「他者」の位置への据え付け、擬似ユダヤ的他者論の三位一体から成る強制構造を見事に脱臼させているのだが、高岡は「その日の俺はかなり飲んでいた」という詩で、その試みをなおも続行する。

 ……私の担当は今月で終りということなので、この続きは、6月に立ち上げる予定の私のブログ「現代詩批評――詩人福田拓也のブログ」で。

タグ: ,

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress