自由詩時評 第53回 森川雅美

現場の言葉

 私たちは過去に戻ることはできない。タイムマシンもまだ発明されていない、現在においては、当然のことだ。しかし、何事もない平穏な時代には、多くはそのことを忘れている。いわば、現在がずっと続くと思うのである。しかし、実際には私たちは、次々に過去へと失われていく、時間に生きている。このようなことを考える時に、今さらではあるが、ヴァルター・ベンヤミンの、「歴史の天使」が思い浮かぶ。「歴史の天使」は、亡くなる寸前まで書き続けられた、『歴史の概念について』に記されている。ナチスに迫害されたベンヤミンは、スペイン国境で自ら命を絶つ。第二次世界大戦が始まって間もない、1940年のことだ。いうまでもなく、私たちはその延長線上を生きている。 
 「3・11」のような出来事に出会うと、このようなことを強く実感する。いかに現在はもろく、いかに大切なものを失ったか、と思うのである。現在、原発事故がどこまで収束しているかは分からず、少なくとも日本の半分は、放射能に晒されているだろう。また、国際基準とはまったく異なる、食品の放射能汚染の基準のため、どれだけの汚染食品を摂取したかもわからない。さらに、このようなことも一側面に過ぎず、人間が地球環境を壊したのだから、深刻な災害は世界中で今後も起るといっても、過言ではない。だが、人は忘却する生きものでもあるから、都合の悪いことは忘れていく。「3・11」から1年以上が経ち、過去の出来事として、少しずつ押しやっていく傾向が芽生えてすらいる。 
 とはいえ、より過酷な現場にいた者にとっては、それは永遠に現在であり、死者とともに闇の中を歩いているのにも似ている。実際に震災にあい、原発事故で最も被害を受けた福島県から、2冊のアンソロジーの詩誌が届いた。「福島県現代詩集 第33集」(福島県現代詩人会発行)と、「クレマチス詩集 第3集」(クレマチスの会発行)だ。それぞれの目次から題を拾ってみる。まずは「福島県現代詩集」から。「小名浜の嵐」「その時―記録椚山(くぬぎやま)二十九番地」「「広島・長崎・そしてFUKUSIM」」「福島第一原発事故」「東日本震災のその後」などなど。次に「クレマチス詩集」から。「福島」「時の送り」「「消えてしまった」「春の惨」「帰ってこないもの」などなど。かなりストレートに「3・11」を想起させる、題名が少なくなく、内容もほとんどがそれに関するものだ。もちろん、「3・11」を扱ったからといって、すべてが作品として優れているわけではない。むしろ、優れているのはごくわずかで、他の多くの詩誌と変わりはしない。眼を曇らすことなく、作品の良し悪しを見るのは大切だ。ただ、思いもかけない悲劇に直面した時、それをどのように言葉にし、自分の中で納得するのかという、気持ちの動きは多くの作品に共通している。 
 ある者はドキュメントのごとく事実を言葉にし、別の者は比喩を使って、また別の者は極端に言葉を削って空白に語らせる。

海は流蛇となって海岸を襲い 
 
真っ黒いびょうぶのような大波が恐ろしい勢いで 
 
ゆすられながまっくろの煙にも似た がれきの波の巨人が 億万の手をひろげ

 両誌から任意に引用した。このような波の比喩を並べてみると、比喩の難しさや大切さが浮き上がってくる。不本意な比喩は残念なことに、作品を台無しにするだけだ。これらの比喩には何らリアルがない。どこかで聞いた比喩という印象が強く、確かな描像には結びつかない。もちろん、それはすべての詩に通じることだが、特に大きな悲劇を描こうとした時に、より明確になる。
 また事実を語るにしても、ほんの少しでも、メディアが喧伝しているような言葉が入ると、リアルは失われる。

地図をぬり変える戦慄の未曾有の災害はラジオで知った 
 
世界中の人間の「ありがとう!」が地球を覆う。

 正直なことをいえば白々しくさえ響く。 
 これらの言葉に共通するのは、過去の作品と現在の報道という違いはあるが、すべてが既存の言葉だ。そして、そのような既存の言葉が、どのような意識も伝えられないのは明白だ。それぞれの書き手がたぶん、今の日本で詩を書く誰よりも、現在を表現したいと思っているのだろうが、表現は必ずしもそこに及ばないというのは、悲しいことだ。それぞれが何とか言葉にしようと、苦悩しているのは分かる。いかんせん言葉は難しい。実際に現れた言葉が作品のすべてである。とはいえ、そのような場所から必死に現代の問いとして、詩を書き続ける行為は、それだけでも賞賛に値する。そして、そのような場所に、次の時代につながる、新しい表現の萌芽のひとつがあるのもまた確かだ。「クレマチス詩集」から、可能性を孕む詩を2編全文引用する。

足裏から流れるのは不用な汗だけか 
大切なものを失う気がする。 
底を流れるものは、大切なもの 
そう思う。 
 
室内履きにした花柄模様のビーチサンダルは、 
私を追い越して真向かい、 
たびたび「行きたい所がある」と告げる。 
「勝手にすればー」と言えば、もじもじ。 
たまには洗ってやろうかな。 
 
海は遠いけれど近かった。 
原発は六十キロ離れたこの町までも、 
髑髏マークのリボンをほどいては、 
日日、放射能を上空から撒き散らす。 
 
三十年たったら海に行こうね。 
もう履いてやれないけれど。 
               七月七日 
(松棠らら「踏む」)

 「髑髏マークのリボンをほどいては」という比喩や、はたして改行が適切かなど、問題がないわけではない。とはいえ、この詩は福島に住む一人の人間を通して、現在の状況を適確に表している。さらに、「ビーチサンダル」という具体物を通すことにより、安易な悲劇性の強調や、個人の感傷に陥ることを避けている。極めて個人的なことを書くことで、個人の意識を逃れることになっている。「ビーチサンダル」との会話が面白く、暗くなりがちな内容を明るくしている。最終連もいい。もちろんこの「ビーチサンダル」は比喩だ。そこには、「ビーチサンダル」を履いた、無数の死者や生き残った人の影がある。「ビーチサンダル」という、身近なものを自らの手に摑んだことが、この詩を個人の気持ちと共に、より普遍的な象徴の声としいる。 
 もうひとつ詩を引用する。

足音とは? 
 
二重の足音 
 
錯綜する足音 
 
足音はどこへ? 
 
知っている人 
知らない人 
 
無言の礫(つぶて) 
 
足音―。 
(安斎良夫「足音の恐怖―震災の歌―」)

 この詩はうってかわって寡黙だ。言葉も抽象的で、声の主も定かではない。一読すると、簡単に書かれているように思えるが、無駄な言葉を省き、必用な言葉だけを残そうと、極めて意識的に書かれている。はたして本当に必要の言葉だけが残っているのかは、簡単には判断できない。とはいえ、面白いのは、一人の声だけでなく多数の声にすることで、いわば声の反響の場を創っている。そのため、声は死者や生者の様ざまな意識を孕む。

 この二つの詩に共通するのは、「ビーチサンダル」や「足音」という低い視点だ。さらに、抽象性の違いはあるが、あくまで手に摑めるものを扱っている。「震災詩」というと、悲劇性を強調したり、必要以上に過去を楽園にしたり、「私たちはくじけない」のような、スローガンが目立つが、この二つの詩ををはじめとした、私が惹かれた詩はそのような場所から、距離を置いていた。「震災」も「原発事故」も生活の延長でしかないこと、そんな考えれば、当たり前のことを、福島からの2冊の詩誌は教えてくれた。そのような低い視点からの、「震災詩」が多くかれることを、期待する。そして、それは「福島」という現場からしか生まれてこない。 
 私たちはまた私たちの現場から、地道に言葉をつむぐしかない。

タグ: None

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress