戦後俳句を読む ‐ 執筆者紹介 ‐成田千空の句/深谷義紀

成田千空の句

天為の深谷義紀です。前回の「相馬遷子研究」に続いての参加となりますが、今回は成田千空を採り上げたいと思います。

数年前、青森に住んでいました。ある週末、ふと立ち寄った「ふかうら文学館」の売店に並んでいた一冊の句集を何気なしに買い求めたのが、成田千空を知るきっかけでした。そして、すぐに衝撃を受けました。北の大地に生きることにこだわり、それを作品として昇華させた俳人がそこにいました。

千空没後まだ日が浅いことから、本企画の趣旨に合うのか多少の迷いもありましたが、敢えて千空に取り組むことにしました。そうさせたのは、第一に千空が最後までこだわった青森という土地に対する筆者自身のオマージュです。千空を端緒として青森県内の俳人の作品に触れるうちに、青森に息づく肥沃な俳句土壌の存在を知りました。千空を、その代表として採り上げたかったのです。そして第二に、千空という作家をもっと語ってみたいという単純な想いです。なるほど千空は晩年、蛇笏賞の受賞、萬緑代表や読売新聞俳壇選者への就任など一挙に世間や俳壇の注目を浴びる存在となりましたが、それ以前は(敢えて誤解を恐れずに言えば)地味な存在だったと思います。萬緑関係者を除けば、一体どれほどの人間が千空の作品を知っていたでしょうか。第2句集「人日」で俳人協会賞を受賞したのは、千空67歳の時。その「人日」も刊行は東京の大手出版社ではなく、青森県文芸家協会出版部です。故郷五所川原を離れなかった千空らしいエピソードですが、当時は極めて異例とも評されました。そうした意味で、千空はもっと早くから注目されて然るべき作家だったと思います。

骨太の風土俳句。成田千空という青森に執した一人の作家を通して、俳句形式の可能性について考えてみたいと思います。

執筆者紹介

  • 深谷義紀(ふかや・よしのり)

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